第五十六話 火星からきた冒険家
ある昼下がり、ヒカリ荘の屋根が突然「ドォン!」と鳴った。
「着陸成功ーっ! 火星代表、カレン! いざ参上!」
屋根の上に、赤いジャケットをなびかせた少女が立っていた。目をきらきらさせて、ポーズまで決めている。
「なにその登場の仕方! 家壊れるでしょ!?」とトキオ。
「火星には屋根ないからわからんかったー!」
「わからんで済むか!!」
サンが顔を出すと、カレンはすぐさま駆け寄った。
「おひさしぶりーっ! こっちは常に嵐だから、こっちの青空見るとテンション上がるよ!」
「……火星の気象までテンションに影響すんのか」
ルナが紅茶を差し出すと、カレンは飲まずに語り始めた。
「ねえ、地球にも“火星ロマン”ってあるでしょ? 火星に川があったかも~とか、生命いたかも~とか。あれ超好き!」
ヒカルが小さくうなずいた。
「確かに……探査機とかよく特集されるよね」
「そーそー! 探査機、最高!! 私、ああいうの見ると自分の故郷が“ちゃんと注目されてる”って感じして嬉しいんだ!」
「自意識……強っ!」
「でも、火星ってさ。遠くて、乾いてて、過去のことばっかり語られるでしょ? だから、今こうして“元気にしてるよー!”って伝えたくて来た!」
ミラが言った。
「……火星って、寂しがりなんだね」
「そっ、ロマンって、ちょっと寂しさの裏返しなんだよ! ……って、誰が上手いこと言えって言った!?」
ヒカルとミラが同時に「誰も言ってない」と返した。
最後にカレンは、ポケットから小さな火星の砂を取り出した。
「ほら、これ。旅の記念に、あげる!」
トキオが慌てて言った。
「いやそれ絶対、検疫で止められるやつだろ!!」
カレンは満面の笑みで言った。
「火星の風、忘れないでね~!」
そして再び、屋根から勢いよく飛び立っていった。
残されたヒカリ荘には、ほこりと、ちょっとだけ熱い空気が残っていた。




