第五十四話 最速の訪問者
その日のヒカリ荘は、なんだか静かだった。
珍しくサンも昼寝中。ルナは本を読んでいるだけで、星三兄弟も全員自室にこもりがち。
そんな午後、空を裂くような音が響いた。
「どぉーーもぉぉぉっ!! 水星こと、メルでーーーす!!」
玄関ドアが半分閉まる前に開かれていた。
風のような動きで駆け込み、勝手に靴を脱ぎ、誰よりも早くお茶を淹れようとして茶葉をこぼした。
「……だれ?」とルナが眉を上げる。
「親戚だよ! ちょっとヒカリ荘にごあいさつ! てか、もっと早く来たかったんだけど、他の公転でさ~!」
ミラがこっそりつぶやいた。
「……水星の公転周期、約88日」
「星のくせにリアルな補足!」とヒカルがツッコむ。
メルは走り回る。誰かの部屋をのぞき、冷蔵庫を開けては閉め、廊下を2往復したかと思えば、屋根にのぼっていた。
「いや落ち着いて!!」とトキオが必死で制止する。
「みんな、ゆっくりしすぎなんだって! もっとこう、瞬間を生きてこーぜ!? ピッ! パッ! ビューン!」
サンが起き出して言った。
「そんだけ速いと、夜とか朝とか区別つかないだろ」
「する暇がない!」
「じゃあ季節感は?」
「ない!」
「人生に余白は?」
「なにそれおいしいの!?」
一同が頭を抱えたそのとき、メルが玄関に向かって言った。
「じゃ、そろそろ次の公転行ってくるわ! また半年後にでも!」
「88日後じゃないの?」とミラがぽつり。
「それは地球時間なー!」
メルはあっという間に空へと消えていった。
しばし沈黙。
サンがぽつりとつぶやいた。
「……あいつ、疲れないのかな」
ヒカルが答えた。
「それでも、あれが“あの子の速度”なんだよ」
ルナが本を閉じて、やさしく言った。
「速すぎる世界にも、たしかに空はあるのよ」
今日のヒカリ荘には、ちょっとだけ流れ星より速い風が吹いた。




