第五十三話 流れる時間と、水のはなし
ヒカリ荘のキッチンで、トキオは黙々と水出し麦茶をつくっていた。
「お湯で出すと早いけど、甘みが強くなる。水出しは時間かかるけど、すっきりするんだよな……」
真顔で麦茶を見守る星は、なかなかにレアである。
そこへミラがやってきた。
「……何を蒸らしてるの?」
「いや蒸らしてない、水出し麦茶だよ」
「じゃあ、時間を煮詰めてる?」
「哲学やめて。これ冷蔵庫で8時間寝かせるだけのやつだから」
さらにヒカルが登場。
「お、麦茶? それって“軟水”で作ってる?」
「もちろん。日本の水道水は基本軟水。麦茶や緑茶、出汁との相性抜群なんだよ」
「硬水だと?」
「ミネラル分が多くて渋みが出やすい。逆にコーヒーには向いてたりする」
「ふむ……!」
「というか、硬水だと炊飯失敗するって知ってた? 米がうまく膨らまないんだよ」
「なにそれこわい」
「あと、風呂の石けんが泡立ちにくいのも硬水だね。海外あるある」
気づけば雑学ラッシュになっていた。
ミラが目を輝かせた。
「……じゃあ、この麦茶は“日本の水”の結晶なんだね」
「うん……まあ、そういう言い方も……」
「“麦のしずく”……」
「どんどんポエム化していくな……」
その時、奥の部屋からルナの声が響いた。
「トキオ~、今夜の“詩”に“水の雑学”混ぜていい?」
「どう使う気だよ!」
サンが飛び込んできた。
「水出し麦茶できた!? 水分ほしすぎて砂漠の太陽になりかけてる!」
「あと7時間半だよ!! 今飲んだらただの“水に浮かんだ茶葉”だよ!!」
結局、その日は誰も麦茶を飲めなかった。
けれど――星たちは、水のことを少しだけ知った夜だった。




