第三十九話 虫たちは、空を見上げて鳴いている
夜のヒカリ荘。
風がぬるく、空気がやわらかい。そんな夜だった。
星たちがひとつ、またひとつと灯る頃――
空の下から、リーン、リーン、と静かな音が届いてきた。
「……聞こえるね」とミラがささやく。
「地上の虫たち、鳴き始めてるな」とトキオ。
ヒカルがふっとつぶやいた。
「虫の声ってさ、“オスの虫がメスにアピールしてる”んだよ」
「へぇー、ラブソングなのね」
「しかも面白いことにね、同じ“音”なのに、虫の声が聞き取れるのは日本人や東アジアの人が多いって説があるんだって」
「それって……文化による違い?」
「うん。西洋では“虫の声”を“音”として認識する傾向が強くて、“自然のBGM”としてはあまり聞こえてないらしいよ」
ミラは目を細めて、夜空を見上げた。
「ミラはね……虫たちが空を見上げて、なにか思い出してるみたいに聞こえるの」
月がそっと言う。
「でも実際、虫って“月の光”をたよりに飛んでるとも言われてるわ」
「えっ、じゃあラブソングじゃなくて、“月に向かって愛を叫んでる”ってこと!?」
「それは……さすがに盛ってるわね」とルナが笑う。
夜風がひとつ吹いて、音が少しだけ遠ざかった。
空と地上が、目を合わせずに言葉を交わす。
そんな時間が、今夜もちゃんと流れている。