第三話 流れ星の願いは、いつも想定外
その夜、ヒカリ荘のドアがノックされた。
「おーい、誰かいるー? 宅配じゃなくて、流れ星でーす!」
元気すぎる声とともに現れたのは、金色のスーツをひらめかせた細身の青年。
ヒカリ荘に時折現れる“流れ星便”の配達員――流星である。
「一泊二日でお世話になりまーす☆ 今回はちょっと泊まりがけで~!」
勝手に靴を脱ぎながら、勢いよく上がり込む流星に、月は眉をひそめた。
「あなた、何度言えば“泊まり”は禁止って……」
「いいじゃん、今夜は願いが多くてさ~、空も混んでるし、休憩くらいさせてよぉ」
「泊まらせてやれば? 流れ星って、儚いから。」
星三兄弟の末っ子ミラがぽつりとつぶやいた。
流星は、ポケットから取り出した願いごとの束をテーブルに広げる。
「金持ちになりたい」「痩せたい」「あの人と両想いになりたい」――願いは相変わらず、雑多で奔放だ。
「……これ、ぜんぶ叶えるの?」
「ムリムリ! 流れ星は“届けるだけ”。叶えるのは、その人次第ってね」
太陽が奥から顔を出した。
「おまえ、配達員のくせにずいぶん軽口だなあ」
「太陽さんにだけは言われたくないな~、“朝の目覚まし担当”ってけっこう強引じゃない?」
居間が笑いに包まれる。
流星は、にやりと笑って言った。
「でもまあ……たまにはさ。誰かの“本気”ってやつ、見てみたくなるのさ。願いに、少しは心を動かされる夜もある。」
その顔は、ほんの少しだけ寂しそうだった。
すぐにふざけた調子で、星たちに「願い事ある?」と聞いてまわったが――
誰も答えなかった。
願いというものが、どこか“今の自分じゃない誰かになろうとすること”だと、彼らは知っていたから。
やがて夜が深まり、流星はまた空へと飛び立った。
ひとすじの光だけを残して。
「……願いって、何だろうね」
ミラのつぶやきに、月は静かに答えた。
「夜空に浮かぶ“まだ見ぬ自分”のかけらよ。
届かなくても、見上げるだけで、少しだけ優しくなれるの」
その晩のヒカリ荘は、少しだけしんと静まり返っていた。
願いが、空のどこかに漂っているような夜だった。