第三十六話 サンとルナ、ちょっとだけすれちがう
ヒカリ荘のキッチンに、サンとルナが同時に入ってきた。
「よう、ルナ! ちょうどオレもアイスコーヒー作ろうと――」
「私は、静かに紅茶を淹れたかったのだけれど」
ふたりの視線が、電気ポットの前でぶつかった。
……ぴたり。
「ま、まあ、お湯は二人で使えるし?」
「でも、お湯の温度が違うのよ。紅茶は沸騰が理想、コーヒーは少し冷ましてからじゃない?」
「細けぇ〜!」
そこへミラがふわっと現れる。
「ミラはね、“温度でケンカするふたり”って、ちょっと詩的だと思うの」
さらにヒカルがメモ帳片手に乱入。
「観察メモ:太陽と月は、物理的には同時に存在しないが、情緒的にはぶつかるときもある、っと……」
「おまえ、またメモとってんのか!!」
「ルナさん、今日ちょっと刺々しい……」とトキオが小声でつぶやく。
ルナはため息をひとつついて、ぽつり。
「だって、昨日の満月、誰も何も言ってくれなかったのよ」
……しん。
サンが帽子をとって、ぽりぽりと頭をかいた。
「……ごめん。言われなくても、ちゃんときれいだったのは見てたんだ。でも、言葉にしなきゃダメだったよな」
ルナは少しだけ眉をゆるめて、言った。
「まあ、そうね。“ちゃんと見てた”って言ってくれたから、許すわ」
その夜、ヒカリ荘ではサンが沸かしたお湯で、ルナの紅茶が淹れられた。
ちょっとだけすれちがう。
でも、ちゃんと向き合えば、大丈夫。
空にだって、そういう日がある。




