第三十三話 猫、雲をまたぐ
その日、蒼と翠は、めずらしくヒカリ荘の屋根から離れていた。
長毛の蒼は、雲のきわをふみしめるように歩いていく。
ヒョウ柄の翠は、足元の空気をぴょんと跳ねながらついていく。
「ねえ、どこまで行くの?」と翠が聞いた。
「どこまででも、行けるとこまで」と蒼は答えた。
ふたりはしばらく黙って歩いた。
雲の上に、だれもいない。風の音だけが、ときおり耳をかすめる。
「ミラたち、さびしがってるかな?」
「気づいたころには、帰ってる」
ふたりがまたしばらく歩いた先に、ぽつんと小さな雲の切れ間があった。
そこから地上が、すこしだけ見えた。
まひろちゃんが、縁側でスイカを食べていた。
あきらくんが、その種をひとつぶ、ころりと転がしていた。
「……今日は、いい日だね」と翠が言った。
「うん。たぶん、なにも起きない日が、いちばんいい日なんだろうな」
蒼はそのまま、風のにおいをひとつ吸って、雲の上に寝ころんだ。
翠もとなりに丸くなって、しっぽをふりふりさせながら目をとじた。
誰にも見られず、誰かのそばにいる。
そんな時間が、空のうえにはたしかにある。
そしてふたりは、風にのって、またヒカリ荘へ帰っていった。