第三十二話 ぽつり、ぽつりと、話しかけるように
午後三時すぎ、ヒカリ荘の空が、しんと静かになった。
「……なんか、空気がぬるいね」とトキオ。
「これは来るわよ。夕立」と月が断言する。
風が止まり、雲がのそのそと集まり始める。
そして――ぽつり。
ひと粒、屋根に落ちた音がした。
「……空が、なにか言いかけたみたいな音だったね」とミラがつぶやく。
それから、ぽつり、ぽつり、と水の音が増えていく。
雨はまるで、遠くから誰かが話しかけてくるみたいに、静かに降り始めた。
一方、地上では――
まひろちゃんが窓辺で、あきらくんを抱っこしていた。
「ぽつ、ぽつって……おそらがしゃべってるよ。あきらくん」
あきらくんはきょとんとして、雨の音に耳をすませる。
「きょうは、はなしをきくひ、だって」
まひろちゃんはそう言って、あきらくんの頭をなでた。
空のうえでも、蒼と翠が窓辺に座って、雨音にじっと耳をすませている。
「ミラはね……“雨って、空のため息”みたいに思うの」
「空だって、がんばりすぎる日あるもんな」と太陽。
「でも、言葉にできるだけ、まだ元気ってことよ」と月がにっこりする。
ぽつり、ぽつり。
雨は静かに降り続け、誰かの気持ちが、誰かに届いていく。
言葉じゃないけれど、伝わるものも、きっとある。
そういう日も、空のうえにはちゃんとある。




