第三十話 変わらないものも、たまにはいい
その夜、ヒカリ荘のドアが控えめにノックされた。
「おーい、久しぶりー。流れ星でーす。今日の荷物は、なし! ただの寄り道ー!」
顔を出したのは、空のメッセンジャー、流星。
今日は珍しく、手ぶらで来ていた。
「おまえ、手ぶらって……どうした?」
「たまにはさ、届けるものがなくても来てみたくなるんだよ」
流星はそう言って、テラスに腰を下ろした。
「この家って、変わらないよなぁ。
相変わらず、サンは暑苦しいし、ルナは美人だし、星たちはうるさいし」
「“変わらない”って、誉めてる?」と月が小さく笑う。
「ミラはね、変わらない場所があると、安心するの」
「いやほんと、それ! だってオレさ、いろんな願い届けてるけど――
年々、みんな急ぎすぎじゃない?」
ヒカルがノートを閉じながら言った。
「“叶えること”ばっかりが目的になって、“願う”って気持ちそのものが置いてかれてる気がするんだよな」
「それよ! それが言いたかったの!!」
流星は、やたら大げさにうなずいた。
「だから今日は、“願いのない夜”を過ごしに来たの」
みんなでお茶を囲み、なにも話さず、なにも急がず、しばらく空を見上げていた。
「……変わらないって、退屈なようで、実はぜいたくだね」
そうつぶやいたのは太陽だった。
その夜、ヒカリ荘の空は静かに広がっていた。
特別なことはなにもないけれど、
だからこそ、“ここに帰ってこよう”と思える――そんな夜だった。