第二十九話 猫は、空のすきまを歩く
ある昼下がり、ヒカリ荘の屋根に、猫が二匹のぼってきた。
ひとりは長毛で、ダークグレーの毛並みが風にゆれる。名は蒼。
もうひとりは、ヒョウ柄の短毛で、つぶらな瞳がきらきらしている。名は翠。
「また来たな、蒼と翠」
太陽が笑いながら言った。
「空のすきまを、気まぐれに歩く猫たちね」と月が紅茶を口にする。
蒼は屋根の端に腰を下ろし、ゆっくりと毛づくろいを始めた。
一方の翠は、星たちのまわりをくるくる歩きながら、何かを探している。
「ミラはね、蒼の目を見ると“今日は無理せず静かにしなさい”って言われてる気がするの」
「翠は逆。“今こそ走り出せ”って顔だもん。いつもキラキラしてる」
「行動派と沈思黙考タイプ……空のバランス猫!」
トキオが興奮気味に叫ぶと、翠が足元をぴょんと跳び越えていった。
蒼はその様子をちらっと見て、まぶたを半分閉じたまま眠るふり。
「でもあの二匹、地上と空を行き来してるらしいぜ」と太陽。
「猫って、見えないものが見えてるって言うじゃない?
……つまり、空の“気配”の専門家かも」とヒカルがメモを取る。
ふたりは何も言わず、何も答えず、ただ風に耳をすませていた。
「……また来るよね」
「きっと。“気まぐれなやさしさ”は、だいたいそうやって戻ってくるものよ」
その日の空には、猫の通ったような雲のすじが、ひとすじだけ流れていた。