第二話 詩人の夜は静かにざわめく
ヒカリ荘の夜は静かだ。
みんなが寝静まったあと、そっと部屋を出てくるのは――月。
彼女はリビングの一番奥、窓際のテーブルに腰かけ、ノートを開く。
白銀の光が、机の上のペンをやわらかく照らす。
「……夜露、言葉に似てる。ふれると、すぐ消えてしまうところが」
月は今日も“ポエム”を書いていた。自分の胸のうちを、誰にも言えない想いを、やわらかな言葉に変えて。
と、そのとき。
「うぃっすー、ルナ姉〜、まだ起きてたの〜?」
三兄弟の次男・トキオが、缶ジュース片手に登場した。
「静かにして。詩が……逃げる。」
「え、詩って逃げるの?」
「……追ってるときに限って、ね。」
ポエムを邪魔された月は、目を細めてため息をついた。
そこへ、なぜか長男ヒカルと末っ子ミラも続々と現れる。
どうやら三人で「流れ星カフェ」を覗いてきた帰りらしい。
「なんかさ〜、夜って静かすぎると、逆に話したくなんない?」
「なる。すごくなる。」
「……なるのか」
月は詩を書きたかったのに、いつの間にか星たちの夜更かしトークに巻き込まれてしまった。
今夜の話題は「もし自分が人間だったら何をするか」。
「ラジオDJ! 月夜のトーク番組とか、モテそう!」
「俺は……会社勤めしてみたい。朝つらそ〜だけど。」
「ミラは……うーん……喫茶店のカウンターで、誰かの秘密を聞いてる人になりたい……」
月は、そっとノートを閉じた。
詩はまた、逃げてしまった。けれど。
「……案外、詩を書くより、詩みたいな夜かもしれないわね。」
ふとそんなことを思いながら、月は彼らの隣に腰を下ろした。
今夜の詩人は、ちょっとだけ、おしゃべりでもしてみようか――そんな気分だった。