第二十八話 ミラ、音をひろう
その日、ヒカリ荘の屋上で、ミラはじっと耳をすませていた。
「なにしてんの?」とトキオが聞くと、
ミラは小さな声で答えた。
「音を……ひろってるの」
「え、なにその詩的な行動」
「ミラはね、夏って“静かな音”がたくさん隠れてると思うの」
たとえば、風鈴のゆれる音。
蚊取り線香の、しゅう……という煙の音。
誰かが冷蔵庫を開ける音、アイスの包みを破く音。
遠くで誰かが笑う声。
月が微笑む。
「そういう音って、夜になるとよく聞こえるのよね。
光が少ないぶん、耳が冴えるのかも」
「……夏の夜は、聴覚で感じる季節かもな」とヒカル。
「オレは、かき氷のシャリシャリが好き!」
「ミラは……虫の声。
うるさいのに、なんでか“うるさくない”気がするの」
太陽がのびをしながら言った。
「そういや、人間界じゃ“蝉の声=夏の代表”って感じらしいな」
「蝉って、7年くらい土の中にいて、出てきたら1週間で死んじゃうんだよね……」とトキオ。
「じゃあ、あの声って“全力の命の音”なんだ……」
みんなが、しばらく静かになった。
そのあと、どこからともなく、小さな蝉の声が聞こえた。
誰も何も言わずに、それを聴いた。
音があるということは、誰かがそこに“いる”ということ。
ミラは、それをひとつずつ、胸の奥にしまっていた。




