第二十三話 願いごとは、声にならなくても
七月が近づくと、ヒカリ荘はそわそわしはじめる。
理由はもちろん、年に一度の「地上からの願いごとラッシュ」。
「今年も来たな、“願いごとシャワー”!」
トキオが空を見上げると、星のかけらのように、たくさんの願いが空気をすべっていく。
「“プリンセスになりたい”とか、“大人になりたくない”とか、今年もバリエーション豊富ね」と月。
「“会社辞めたい”と“推しが尊い”が同時に飛んでくるのもすごいな」とヒカルが苦笑する。
そのとき――ぽつん、と静かに落ちてきた、ひときわ小さな願いがあった。
月がそっと手に取り、封を開く。
「……“あきらくんが、わらってくれますように”」
手紙は、よれよれのクレヨンで書かれていた。
文字はところどころ逆さま。でも一生懸命な気持ちは、強く伝わってきた。
「“まひろちゃん”からだ」
ミラが、やさしくつぶやいた。
「4歳の子かな……弟の笑顔を願うなんて、なんてけなげな……」
「いい姉ちゃんだなぁ……」と太陽がしみじみ言う。
「この願い、かなえてあげたいな。オレたちには直接できないけど」とヒカル。
「じゃあ、空からほんの少しだけ、風を送ってみようよ」とミラ。
その夜。
まひろちゃんの家のベビーベッドで、あきらくんがふわっと風にくすぐられた。
まひろちゃんは気づかないふりで、それでもこっそり笑っていた。
願いごとは、必ずしも叶うわけじゃない。
でも、誰かのやさしさが空を通って、やわらかい奇跡になることは――たしかにある。




