第二十二話 休符のような夜
ヒカリ荘の夜。
誰かがしゃべっているわけでもなく、テレビもついていない。
ただ、ぽつりぽつりと、マグカップに注がれる音が響いていた。
「……なんか、今夜は静かだね」とトキオがつぶやく。
「ミラは、こういう時間……嫌いじゃないの」
「オレも。うるさくないって、安心するね」とヒカル。
月は紅茶をテーブルに置いて、ふと口を開いた。
「音楽にも“休符”ってあるでしょ。
メロディを止める、小さな“沈黙”の印。
でもね、あれがあるから、音が活きるのよ」
「じゃあ今夜は……ヒカリ荘の休符?」
「そう。誰かが何かを言う前に、その余白を大事にする夜」
太陽が、ちょっと照れくさそうに言った。
「オレ、しゃべってないと間が持たないタイプなんだけどさ。
でも……たまに、こういうのも悪くないな」
「“しゃべらない”って、“語らない”とは違うもんね」とヒカル。
「むしろ、黙ってるときのほうが、本音が聴こえたりする」とトキオ。
「ミラはね……沈黙のなかで、気持ちが落ちつく音がする気がするの」
誰も、深くは追求しない。
でも、そこにちゃんと“わかりあう何か”があるように思えた。
その夜、ヒカリ荘には風も音もなく、
それでも満ちていた。
“休符”は、音が止まったんじゃない。
次の音を、大切に迎えるためにあるのだ。