第二十話 風が立ち寄る
その日、ヒカリ荘のテラスに、ふいに風がやってきた。
「よーっ、みんな元気してたー?」
白いシャツをひらひらさせながら現れたのは、風。空の旅人にして、ちょっと気まぐれな訪問者だ。
「うわ、ほんとに来た……!」とヒカルが驚く。
「ミラ、風ってもっと透明なものだと思ってた……」
「“気配”をかたちにしたのが、あいつなんだよな」と太陽が笑った。
「おまえ、どこを流れてきたの?」
「今日は海のほう。入道雲とケンカしてきた。あいつ、感情的でさー」
「……雲のくせに晴れない性格だもんね」と月。
風は、くるりとヒカリ荘の屋根をひとまわりして、星たちの髪をふわりとなでた。
「ねえ、風ってなんで吹くの?」とトキオが聞いた。
「おっ、それ聞いちゃう? じゃあ講義いきまーす」
風は小さく咳払いをして言った。
「温度差があると、空気が移動する。それが風。
つまり、オレは“違い”の中から生まれる存在ってわけさ」
「……深い」とヒカル。
「“同じじゃない”ことが、風になるのか」と月が静かに呟いた。
「ま、オレの仕事は、“通り過ぎること”だからね。居心地いい場所には、長くいないの」
風はそう言って、にこっと笑った。
「でもさ、たまに“また来てよ”って言われると、ちょっとだけ嬉しいんだ」
「じゃあ、また来てよ」とミラがぽつり。
「うん。また吹き抜けるよ。ちゃんと、やさしくね」
そのあと、風はどこかへ消えていった。
ヒカリ荘の上に、涼しい静けさだけを残して。
“誰かを吹き抜けた記憶”――それが、風という名前の正体なのかもしれない。