第十八話 夜明け、届かず
その朝、空はずっと、夜のままだった。
ヒカリ荘のキッチンに集まった住人たちは、ぼんやりと暗い天井を見上げていた。
「……サン、寝坊?」
「いや……起きてるけど、なんかこう……“朝が届かない”って感じなんだよな」
太陽が珍しく、戸口で立ち止まっていた。
顔にはいつもの笑顔がない。いつも通りに光を放とうとしても、なぜか空に届かない。
「これって……天気とかじゃないよね?」
「気象というより、空気感の問題……いえ、“気配”かしら」
月が窓辺に立ち、外の空を見つめる。暗いままの東の空には、朝の色がまだどこにもなかった。
「ミラはね……誰かが“朝なんて来なければいい”って思った気がする」
「え、それって呪い!?」
「違うよ。たぶん、ただの“つぶやき”」
地上のどこかで、小さなため息が空にのぼった。
それが、太陽の通り道を少しだけ曇らせてしまったのだ。
「……ときどきあるんだよな。誰かの“もう少し寝ていたい”が、こっちまで届くこと」
太陽は、ぽりぽりと頭をかいた。
「でもな……オレ、照らさないと調子が出ないんだよ。
だから――無理に明るくしない。今日は、“うすあかり”くらいでいくわ」
その日、空は一日じゅう、夜と朝のあいだのような色をしていた。
でも、そんなやさしい曖昧さも、時には悪くない。
“朝が来ない日”があっても、
それはきっと、“ゆっくり始める日”なのかもしれない。