第十六話 月の昔ばなし
その夜、ヒカリ荘のリビングには、月と星たちだけがいた。
「ねぇルナ、月ってさ……昔から人間に“なにか”って思われてたよね?」
トキオの唐突な言葉に、月は紅茶をくるくると回して答えた。
「ええ、たとえば“かぐや姫”」
「出た、有名人!」
「月から来た、ってやつだっけ? 帰っちゃうんだよね」
月は、ふうと一息ついてから、静かに話し始めた。
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「昔むかし、竹の中にひとりの女の子がいたの。
光り輝くその子は、やがて美しく育ち、たくさんの人に求婚されて――」
「断るんだよね、全部」
「そう。どれだけ豪華な宝を持ってこられても、心は動かなかった。
でも一番の理由は――彼女は、月に帰る運命だったから」
「なんかさ……寂しい話だよね」
「ミラは、“帰らない選択肢”はなかったのかなって思う」
月は紅茶をひとくち飲んで、小さく微笑んだ。
「……“帰らなかったら、それはもう別の物語”なのよ。
たぶん、そういうふうに人間は“別れ”を通して“物語”を作るのね」
ヒカルがぽつりと呟いた。
「……だから、月は遠くて、ちょっと切ない存在なんだ」
しばし沈黙が流れる。
やがて、月はそっと言った。
「でも、もしもかぐや姫が“もう少しだけ”地上にいたいって願っていたとしたら……
それが今でも、こうして空を見上げる理由になってるなら――」
「それだけで、すごくロマンチックだよね」
ミラがそう言って、ふと窓の外を見た。
満月が、まるで物語の続きを語るように、優しく光っていた。