第百三十三話 星のさんぽ道
ヒカリ荘の夜は、いつだって静かで、どこか懐かしい。
その夜、猫の蒼と翠は、雲のすき間から顔をのぞかせた満天の星空に、ふたりだけの散歩に出かけることにした。
「今日は遠くまで行こうよ!」
翠がひと声あげると、蒼は「……にゃ」と短くうなずいた。
ふたりは音もなく空をすべり、やがて最初の星――「おうし座」の近くに降り立った。
黄金にきらめくアルデバランが、ふたりを見下ろす。
「おっきいね、あの星。あったかそう」
「……にゃ」
次に訪れたのは、「ふたご座」の双子星、カストルとポルックス。
ふたりの間をぴょん、と跳ねる翠に、蒼が少しだけ目を細める。
星々は、言葉を交わさずとも、ただそこに在るだけで、何かを語っているようだった。
「ねえ、蒼。星って、寂しくないのかな?」
「……にゃあ」
それは、「寂しい」とも「平気だよ」とも聞こえる不思議な鳴き声だった。
だから翠は、それ以上は訊かず、ただ空に身を預ける。
最後にふたりが降り立ったのは、「こいぬ座」のプロキオンの近く。
ちいさな光が、猫たちの足元にふわりと集まってくる。
「……今日は、いろんな星に出会えたね」
「……にゃ」
ふたりはしばらく、黙ってそこに座っていた。
きらきらと瞬く星たちは、きっともう、それだけで誰かの心を照らしているのだろう。
やがて蒼がゆっくり立ち上がる。
「……帰ろっか」
「うん!」
ふたりの猫は、雲のうえのヒカリ荘へと、また静かに歩き出した。
夜空はまだ、星たちの光でいっぱいだった。




