第百三十三話 走る星の、理由(わけ)
「ヒカルが……走ってる……?」
ヒカリ荘の屋上から見下ろしたトキオは、目を疑った。
その視線の先――雲の切れ間にあるフィールドで、いつもなら机と本の間にいる長男ヒカルが、ジャージ姿で疾走している。
「……これは夢か……? 星の終わりか……?」
ヒカルはトキオの驚きをよそに、汗をぬぐいながら自分の記録表を見つめていた。
*
事の発端は、ほんの軽い一言だった。
「最近、ちょっと身体が重いんだよな」
サンのぼやきに、ヒカルがつい口を出した。
「代謝の問題だね。基礎体温と筋繊維の密度が落ちてる証拠だよ。まあ、僕には関係ないけど」
「……なんだとぉ?」
もちろん、売られた喧嘩は買う主義のサン。
気づけば「誰が先に1km走れるか勝負だ!」という流れになり、
なぜかヒカルもそれに乗ったのだった。
「言葉より、実証が正義だとでも思ったんだよ……ほんの、気まぐれさ」
*
結果から言えば――
ヒカルは、ビリだった。
圧倒的に。
「もうやめる?」とトキオが声をかけた時、
ヒカルは笑っていた。
「いや……なんだか、悪くない。数字で表せない“実感”ってやつだろ?」
その言葉に、サンも肩をすくめた。
「ま、体力は置いといて……根性だけは合格だな、星兄」
今日、ヒカルは誰よりも青い空の下で、汗をかいた。
それだけで、少しだけ星が“人間くさく”なった気がした。




