第百三十二話 月の光と、買い物リスト
ヒカリ荘の朝。
まだ静けさの残る時間帯、ルナは珍しく手帳を開いていた。
「……アールグレイの残り、あと二杯分ね。香炉用の白檀も補充しないと」
彼女の字は、整っていて美しかった。
今日の予定は「月用品」の買い出し――いわば、月の儀式に必要な品々の調達である。
「買い物なんて久しぶりじゃない? ついでに人間界でスイーツでも?」
声をかけたのはミラだった。くるくる回るリボンのように、今日も自由だ。
「……甘いものは苦手なの。私は香りと静けさだけで充分」
ルナはそっけなく答える。
だがその手には、“焼き菓子3種セット”のクーポンがしっかり握られていた。
*
ふたりは空路を抜けて、星のマーケット街へ。
月専用ブースには、銀色のティーポット、幻想的な香草、透明な紙でできた詩集などが並んでいる。
「ルナさん、今夜用の“光のしずく”できたよ〜」
常連の店主が、壜を手渡す。
「ありがとう。ちょうど切れていたところ」
そこまでは完璧だった。
問題は――
「このティーカップ、見てミラ。……似合うと思わない?」
「わっ、ルナが物欲っぽいこと言った!」
「ち、違うわ。これは詩的な意味で……そう、月の器としての……」
結局、ティーカップは3客ほど買われた。
そして帰り道。
「あのクーポンの店、まだやってるかしら?」
「ルナ……甘いもの、嫌いじゃなかったの?」
「……今日は満月じゃないから。テンションが通常運転なの」
そう言ってルナは、そっと笑った。
月の光のように控えめに。
けれど、確かに心から嬉しそうに。




