第九話 流れ星、失恋する
夜のヒカリ荘。
珍しく静かな訪問者がやってきた。
「……やあ、やってる? 流れ星だけど……ちょっと、飲みたい気分でさ」
元気が取り柄の流星だったが、今日はいつものチャラさがない。
「あら、あなたが静かに話しかけてくるなんて、月が欠けるより珍しいわね」と月。
「ちょっとあったのよ。好きだった子に――願い事、断られたんだ」
ヒカリ荘が、そっと静まり返る。
「俺さ、ずっと彼女の願いを届けてたんだ。子どものころから、ずっと。
“会いたい人がいる” “また笑える日が欲しい”――全部、俺が運んできた」
コップの中のサイダーがしゅわしゅわと鳴る。
「でも昨日、ついに言われたんだ。“もう、願わなくても大丈夫になった”って。
……なんかさ、それって、いいことなんだけどさ。もう、俺の役目はないんだって思っちゃって」
太陽が小さくうなずいた。
「照らしすぎたってことも、あるかもな。俺もたまに言われる、“うるさい”って」
「ミラは……空って、近すぎると見えなくなるって思うの」
「逆に言えば、遠くても見えるのが“好き”ってことじゃない?」とトキオ。
「そうそう。恋と天体は、距離感が命よ」と月がまとめた。
流れ星は、小さく笑った。
「……そっか。じゃあさ、次はもうちょっと、遠くで光ってみようかな」
その夜、流れ星は何も願いを運ばず、ただ夜空を横切っていった。
ヒカリ荘から見えたその軌道は、いつもよりちょっとだけ長かった。




