第39話 意外な来訪者
工房の窓ガラスが夕陽で赤く染まるころ、ドアのベルがけたたましく鳴った。
「いらっしゃいませ」
声をかけながら顔を上げると、そこにはどこか懐かしい顔があった。
「……拓馬?」
数年ぶりに会う親友――いや、かつてそう呼んでいた男。
彼は少し痩せて、けれど昔と変わらない鋭い目で僕を見ていた。
「悪い、突然来て」
拓馬が帽子を脱ぎ、ぎこちなく頭を下げる。
「……どうしたの」
僕は無意識に手を拭きながら、作業台の椅子を勧めた。
拓馬はゆっくり腰を下ろし、しばらく黙っていたが、やがてぽつりと口を開いた。
「ずっと、伝えたかったんだ」
彼の声はかすれていた。
「文化祭のあの時、舞台裏で照明機材が倒れてさ……破れたのは事故だったんだ。お前、ずっと聞く耳もたなくて誤解してるんじゃないかって思ってて。あの日、前の学年が照明を急いで片付けてたら、支柱が倒れて幕を破いちゃった」
彼は手を膝の上で握りしめ、俯いた。
「……そうだったんだ」
僕は思わず声が震えた。
あの夜、誰かに悪意を向けられたと思い込んで、世界中が敵に見えた。
でも、真実は違った。
「LINEグループの件も……」
拓馬は顔を上げた。
「店が圏外で、連絡がつかなくて。しかも、あの日、親父が脳幹梗塞で倒れたって連絡きてさ。病院に向かってて……その間、ずっと連絡取れなくてごめん」
僕は、あの雪の夜にひとりで待っていた自分を思い出した。
拓馬はその時、家族のことで精一杯だったのだ。
「父が急死して。母は父方の祖母の介護で鬱になって……家族が一気に変わっちゃってさ」
拓馬は、少しだけ笑った。
「ごめん。お前の家の話を聞くと、なんだかんだ愛されてるなって感じててさ。なんかつらくて。お前のことを避けてたのは、ボロボロになった自分の家庭が惨めだったからだ」
僕は言葉が出なかった。
自分のことしか見えていなかった。
「ずっと謝りたかった。でもお前が学校を辞めて……なんて連絡したらいいか、わからなくて」
しばらく沈黙が流れた。
外では温泉街の夕暮れが、ゆっくりと暗くなっていく。
「そんなことも知らずに……ごめん。僕、あの時、誰も信じられなくなってた」
僕は静かに言った。
「でも、今なら少しだけわかる気がする。人間みんな、見えない荷物を背負って生きてるんだよね」
拓馬は驚いたように僕を見た。
「許さなくていい。ただ、知ってほしかった!」
彼はそう言って、深く頭を下げた。
「僕こそ、ごめん。勇気を出して伝えにきてくれて、ありがとう。今度さ、足湯浸かろうよ。近くにいいとこがあって。しかも」
「しかも?」
「ソフトクリーム食べながら入れる」
「そんなことしていいの?」
「うん」
拓馬の反応は、あの日の僕と同じだった。
やっぱり、似たもの同士なのかもしれない。
僕と拓馬は、また近いうちに会うことを約束した。
壊れた関係は、また新しい形で繋がり始めていた。
その夜、僕は温泉街の足湯に浸かりながら、前におじいさんたちに言われた言葉を思い出していた。
「人間みんな、見えない荷物背負って生きてるんだよ」
湯気の向こうで、誰かが静かに笑っている。
工房に戻り、僕は未完成のガラス細工を手に取った。
「壊れても、また繋げるんだよな。あんな綺麗な形に」
そう呟きながら、色別に区分けしたガラスの破片を手に取り、磨いていく。
拓馬の人生も、僕の人生も。
きっとこれからまた少しずつ、違う形で紡がれていくのだろう。
それは、陽の光を通して輝くものに違いなくて――




