第25話 十枚目の花びら
雨の日は客足が遠のく。
窓を叩く雨音を聞きながら、僕は今日も花びらづくりに没頭していた。
「青だけじゃなく、紫も混ぜてみるか」
二色のガラスを重ねて熱し、微妙なグラデーションを作る。
じいちゃんが奥で麻雀の牌を並べる音が聞こえる。
「どうだ?」
「うん、いい感じ」
十枚目の花びらが完成した。
箱を開け、並べてみると、少しずつ色や形が違う。
でも、それがかえって自然な感じがする。
「美紗ちゃんの目の色に近い気がする」
そう思いながら、僕は次の花びらに取りかかった。
じいちゃんはしばらく黙って僕の作業を見つめていた。
「お前、本気で彼女のことが好きなんだな」
「え?」
突然の言葉に、僕は手を止めた。
「そんな……ただの友達だよ。いや、友達ですら、ないかも……」
僕は自問自答する。一人で舞い上がっているだけの可能性は多いにあるとわかっていた。
「友達のために、そんな顔で作業するか?」
じいちゃんは意地悪く笑った。
その日から、じいちゃんの様子が少しずつ変わり始めた。
朝早くから工房に入り、夜遅くまで作業をしている。
麻雀の誘いも断るようになった。
一週間後、僕が学校からの課題をやっていると、
じいちゃんが工房から興奮した様子で飛び込んできた。
「ちょっと来い。見せたいものがある」
工房に入ると、そこには見たこともない大きなガラスの花瓶が置かれていた。
深い青から紫へと変わるグラデーション。
表面には繊細な蔦の模様が彫られ、光を受けるとまるで生きているように揺らめいていた。
「これ、じいちゃんが作ったの?」
「ああ。久しぶりに本気を出してみた」
じいちゃんの目が、若々しく輝いていた。
「すごい。でも、どうして急に」
「お前を見ていたらな、思い出したんだよ」
じいちゃんは窓の外を見つめながら言った。
「昔、俺もそうだった。誰かのために、心を込めて作品を作る喜びを知っていた」
「誰かって、ばあちゃん?」
じいちゃんはゆっくりと頷いた。
「お前の祖母のために作った最初の作品が、俺を『東洋のガレ』にしたんだ」
「へぇ……」
「だが、名声を得るうちに、その初心を忘れていった」
じいちゃんの声には、懐かしさと後悔が混ざっていた。
「お前が美紗ちゃんのために一生懸命作る姿を見て、
俺も思い出したよ。ガラスに命を吹き込む本当の理由を」
その後、じいちゃんは次々と新しい作品を生み出し始めた。
温泉街の旅館の女将さんが「乙津さん、最近の作品、昔の輝きが戻ってきましたね」と言うのを聞いた。
地元の新聞にも「『東洋のガレ』復活」という小さな記事が載った。
「じいちゃん、次はどんな作品を作るの?」
僕が尋ねると、じいちゃんは意味深に微笑んだ。
「さぁね。麻雀の牌でも作るかな」
じいちゃんは、満足そうに頷いていた。




