第19話 ヨウ素
「おい、朝だぞ」
じいちゃんの低い声に、僕は布団の中でうめきながら目を覚ました。
まぶたが重い。昨日の夜更かしのせいだ。
「早くしないと味噌汁冷めるぞ」
じいちゃんの声に押されて、ようやくリビングに足を運ぶ。
テーブルには、いつもの朝食が並んでいた。
味噌汁、焼き鮭、納豆、海苔、漬物、卵焼き。
湯気の立つ味噌汁から、昆布と鰹節の香りが立ちのぼる。
「いただきます」と言いながら箸を取った瞬間、
ふと昨日の病院の食堂で聞いた言葉が頭をよぎる。
――バセドウ病だと、ヨウ素の制限があるから。
美紗ちゃん味噌汁も飲めない。昆布もダメ。
焼き鮭だって、海の魚だからヨウ素が多い?
納豆は大丈夫かな? でも、海苔は当然アウトだ。
漬物の中にも昆布が入っているかもしれない。
気になって、スマホで「バセドウ病 食事」と調べてみた。
画面には、海藻類はもちろん、昆布だしや和風だし、魚介類、練り物、かまぼこ、ちくわ、貝類、さらには市販の惣菜や加工食品にもヨウ素が多く含まれていると書かれている。
「和食だけじゃない、パンやサンドイッチ、洋食のソースやスープにも、意外とヨウ素が使われてることがあるのか……」
「納豆は大丈夫っぽいな。……いや、タレがだめなんだ?!」
さまざまなサイトを見ていると、納豆のタレにはヨウ素が多く入っているので要注意という文句が書いてあった。
さらに、大豆製品も摂りすぎには注意が必要とある。
外食やコンビニの弁当も、原材料に何が入っているかわからないから避けた方がいい、とも。
「なんだよこれ……本当に食べられるもの、ほとんどないじゃないか」
愕然とした。
ご飯やパン、肉や野菜、卵は大丈夫と書いてあるけど、
味噌汁もダメ、海苔もダメ、魚も種類によってはダメ、
外食もほとんどNG、コンビニも危ない。
「友達と食事に行くって言っても、選べるものなんて……」
美紗ちゃん普段どれだけ気を遣っているのか、今になってようやく実感した。
「これもヨウ素、あれもヨウ素……」
思わずつぶやくと、じいちゃんが不思議そうに顔を上げる。
「なんだ、寝ぼけてるのか?」
「いや、ちょっと……」
とりあえず、納豆にしょうゆをひと回ししながら、テーブルの上を見つめた。
もし美紗ちゃんがこの食卓に座ったら、
いったい何が食べられるんだろう。
友達と食事に行くって言っても、
和食はほとんどダメじゃないか。
“普通の食事“なのに。
普通にみんなと同じものを食べること。
彼女にはどれだけ遠いんだろう。
胸の奥が、じくりと痛くなった。
美紗には、すごく難しいことなんだな……。
「タレ使わないのか?」
僕は頷いた。
「もらうぞ。俺この味好きなんだ。甘くて」
それは味が濃くなるんじゃない? と思って見ると、じいちゃんは苦い顔をして「1個でいいな」と言っていた。
「どうした。食わないのか?」
じいちゃんが焼き鮭を箸で割りながら訊ねる。
「ううん、食べるよ」
僕は無理やり笑って、味噌汁をひと口すする。
「美味しい」
昆布の出汁の旨み。
いつもより少しだけ、舌に残ったように感じた。




