第11話 サニーサイドアップの上で
「あ……」と弱々しい声が出る。
「なぁ」
その圧の強い声に、僕は喉がカラカラになった。
男性が鋭い目で見ている。
「何の用だ? つけ回して」
喉が絞られるような緊張。
「すみませんでした! あの、旅館の隣のガラス工房の者です。美紗さんは、昨日工房に来られていて」
「あぁ」
男性はサングラスをずらし、僕を上から見下ろす。
男はなにか納得したようだった。
「……美紗ちゃんのご家族の方ですか?」
男は鼻で笑った。
「家族みたいなもんだな」
「……それって?」
心臓がバクバクする。
「プライバシーに関わるから、これ以上は。美紗の負担になることはやめてくれな。じゃあな、熱狂的ファンさん」
涙が出そうになった。
「家族じゃない」「負担」「熱狂的なファン」という言葉。
僕の頭の中は、鋭利なフォークの先でつつかれた黄身のようにぐちゃぐちゃだ。
その後のことはよく覚えていない。
気がつくと、僕は目玉焼きのオブジェ「サニーサイドアップ」の上で寝そべっていた。
ここは野外展示場にある休憩スポットだ。
僕は両手を広げて空を仰いだ。
白い“白身”の部分はひんやりしている。
「……なんでこんなところで寝てるんだろう」
ぼんやり思いながら、目を閉じる。
遠くで子どもたちのはしゃぐ声が聞こえる。
「見て! おっきい卵だー!」
「写真撮ろうよ!」
カメラのシャッター音と、芝生を駆ける足音だけが、今僕の耳には届いている。
高校生一人の体重がのったら、どんなに大きな卵だろうと、黄身は割れるだろう。
そしてその割れた黄身は、皿の上でゆっくりじわーと広がるだろう。
この黄身は割れないなんて、しっかりしてるなー。
あ、かた焼きなのかなー。
――と、そんなくだらないことを考えていた。
でも、そんな頭のなかには当然、美紗ちゃんがいる。
君の本当の夏は、どこにあるの?
もう、いらないの?
ポケットに手を突っ込むと、さっき自販機で買ったままのお茶がひんやりと指先に触れた。
開けるのも忘れて、そのまま持ち歩いていたことに気づいて、ちょっと苦笑いする。
「じいちゃんに、何も言わずに出てきちゃったな」
工房の窓越しにじいちゃんが作業をしている姿を思い出す。
空は青くて、雲がゆっくり流れていく。
目玉焼きの黄身の上で、僕は世界の真ん中にぽつんと一人、寝転がっている気分だった。
工房に帰ると、じいちゃんがいた。
じいちゃんは、外出していたことについて何も聞いてこなかった。
ただ「あのガラス、どうする? 郵送か?」とだけ訊ねる声が、工房の壁に跳ね返って消えていく。
保管可能期間は1週間としている。
その間に郵送の依頼がくれば、郵送をする。もちろん直接取りに来ることもある。けれど、引き取りを忘れ、連絡もなく廃棄となることも少なくない。
返事のない僕に「HPの更新だけしてくれるか」とじいちゃんは続けた。
PCを開く。
すると、昨夜せっせと自分の作った動画のプロジェクトが出てきた。
安っぽいフォントで「ガラスで思い出を作れます」というテロップが波打って登場した。
なんてクオリティが低い動画なんだろう。
「……あの動画、プロみたいだったな」
僕の作った粗い映像と、あの男の編集技術の差が胸に突き刺さった。
惨めだった。




