表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネオス・パンゲア怪異ファイル  作者: 芦田メガネ
第1章 悠久なる東洋
8/46

一胴七度

 幸か不幸かいきなりターゲットである窫窳(あつゆ)と遭遇し、俺と廻原は迎え撃つ構えをとる。

「さっき言った通りにやろう。俺は縄でサポートするから、いつも通り全力で暴れてくれ」

「りょーかい」


 窫窳は相変わらず不気味な泣き声をあげながら近づいてくる。まだ、俺たちから100mくらいの地点にいる。ヒリついた空気が漂いはじめ、背中から嫌な汗がじんわりと流れてくるのがわかる。廻原はゆっくりと自分の妖刀、村正「一胴七度(いちのどうしちど)」を抜刀する。刀身が露わになったとき、ヒリついた空気はさらに重苦しく、禍々しくなった───






 一胴七度、戦国時代の刀工である千子村正(せんごむらまさ)が打った刀。関白・豊臣秀次の愛刀でもあった。刀身は二尺三寸三分半(70.75cm)。明治時代の軍人で鑑定家の今村長賀(いまむらながよし)は鑑定文で「表は地沸よくつき、刃文は乱れ刃の谷が駆け出し、鋩子深く返り、棟を磨る」と評しており、その美しさは一級品である。一胴七度という名前は、秀次がこの刀を用いて「一の胴」の部位での試し斬りを七度成功させたことが由来となっている。この時代の一の胴は乳頭のやや上、肋骨が多い箇所であったため、非常に難易度の高い部位だった。そのため、そのような部位での試し切りを七度も成功させたことは異例であり、この刀の出来の良さがわかる逸話となっている。

 

 また、この刀は妖刀村正の1つであるが、実は村正の妖刀伝説は後の時代に作られた創作である。徳川に仇をなす妖刀というイメージが強く、倒幕の象徴となったこともあったが、実際は家康自身も子孫のために村正の刀を二振り残したこともあり、まして家康が村正を禁じたなどというのは根拠の無い俗説である。しかし、噂は尾ひれをつけながらどんどん広がり、1800年代には幕府の正史『御実紀』に妖刀伝説が記されてしまうほどになった。


 さらに、この一胴七度には妖刀と呼ばれるようになった別の逸話がある。秀次の試し切りが後の時代で市民数百万を誅殺した千人斬りであるという誤った話が伝わったり、ルイス・フロイスの「秀次の切腹の介錯につかった刀がこの一胴七度である」という証言が伝わったりした結果、秀次とこの刀は「殺生関白」やら「妖刀」やらという汚名をかぶることとなり名を馳せるようになる────







 妖刀のただならぬ気配を感じ取ったのか、窫窳は途端に怒りに満ちた表情になり廻原に向かって突進してきた。その巨体からは想像できない早さは、高速道路を走るスポーツカーに匹敵するほどだ。

「危ねぇ!」


 俺は咄嗟に縄を伸ばし、廻原を捕まえて引き寄せる。しかし、窫窳は廻原を尚も追いかけ続ける。俺はそのまま少し遠くの木に縄を巻き付け、全力で縄を縮めて高速で移動する。

「すまねー、助かった」

「良いってことよ。にしても、やっぱヤツはお前の刀をえらく危険視してるみてぇだぞ。しかもクッソ強い。まともに戦うのはかなりキツいな」

「だな。そこで、だ。お前、例のアレをアイツに使えるか?人型の敵に対して使うアレ」


 少し無茶な要求をしてきたが、背に腹は代えられない。

「獣型に対してやったことは無いけど、まぁやってみる。上手くいかなくても文句言うなよ」

「わかってる。でも、お前ならやれるさ」

「調子のいいことばっか言いやがって。とにかく作戦開始だ!」




 俺たちは一度離れて行動する。俺は草むらに、廻原は河原に。だが、お互いの様子が見える位置を保ち続ける。すぐに窫窳は廻原を追って来た。窫窳は俺には一切目をくれずに廻原に向かって行く。突進してぶつかりそうになったその瞬間、窫窳は半回転し馬の脚で思い切り後ろ蹴りを仕掛けてきた。廻原は妖刀でソレを受け止めつつ、後ろにジャンプし宙返りする。衝撃を最小限にするための一種の受け身である。達人の域には達してはいないものの、その動きは師匠が教えてくれた、中国拳法の消力(シャオリー)だった。刀も折れず、廻原も無事だった。



 俺もまた、この好機を逃さなかった。すぐに、腕時計から滑車付き強化鉄骨を取り出し、地面に垂直に設置する。そして窫窳の後ろ足がまだ下がっていないうちに両手から全ての縄を滑車に通しながら発射する。まずは、後ろ足にそれぞれ2本の縄を巻き付け、滑車に頼りながら持ち上げる。次に、浮いた前足にも2本ずつ、最後に胴体にも縄を2本巻き付け完全に持ち上げる。

「完成!参式・磔刑(たっけい)ッ!」


 窫窳は抵抗するが、地面に足を付けないため踏ん張れず、完全に拘束された。俺は可能な限り手足を広げさせ、逆さにした「大」の字のようにして窫窳を吊るし続ける。

「コースケ、さすがだな!あの一瞬でここまでできるのはお前くれーだ」

「そういうお前も、よく消力であの蹴りを無力化できたな。とにかく、仕上げの時間だ。滑車を使ってるとはいえ、こいつめちゃくちゃ重くてこれ以上支えきれん。やってくれ」

「合点承知の助!」


 廻原は高く飛び上がり窫窳の左の後ろ足めがけて妖刀を振り下ろす。ザクッという音が響いた次の瞬間、刀を下ろしていない他の手足も窫窳から切り離された。窫窳のこの世のものとは思えない叫び声が周辺に響き渡る。

「やっぱ、お前の超能力はすげぇな。いつ見ても惚れ惚れする。まさに、『一瞬千撃』だな」

「よせやい。そんな千回も使えるモンじゃねーよ。それに、まだ頭が残ってる。この作業はコースケにもしっかり見届けて貰わねーとな。準備はいいな」

「ああ、頼む」


 俺は手足に巻き付けていた縄をほどき、手足が地面に落ちた。そして、縄を胴体と頭に巻き付け、しっかりと窫窳を固定する。廻原は目を閉じて、深呼吸し集中する。再び目を開けた次の瞬間、廻原は刀を横一文字に素早く振り、窫窳の首に刃を通す。俺には窫窳の首に銀色の光が走ったかのように見えた。それほどまでに速く、美しい太刀筋だった。そして、窫窳の首は皮一枚を残して断ち切られた。そして、重力に従って残った皮がちぎれ、地面に落下した。


 廻原はつぶやく。

「2月8日午後6時24分、窫窳 討伐完了」

今回もお読みいただきありがとうございました。

次回もよろしくお願いいたします。

以下、解説パートです。


廻原巡

25歳 男

2月18日生まれ

超能力「???」

概要:???


一胴七度

廻原の愛刀。妖刀であり、強い力を持っている。ある事件がキッカケとなり、廻原の手に渡った。廻原のストレージ付き腕時計の7番に収納されている。


滑車付き強化鉄骨

公介のサポートアイテム。重いモノを持ち上げるために利用する。取り出すとすぐに地面に突き刺さり固定される。普通の鉄骨よりも頑丈。公介のストレージ付き腕時計の9番に収納されている。


参式・磔刑

縄を敵の手足に巻き付けて持ち上げ、固定する技。主に、人型の怪物や超能力犯罪者を捕まえて、処刑、または拷問する際に使用する。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ