地道な捜査
「やっべぇ、猛禽類の弱点聞くの忘れてたぁ…」
「あ!俺もスッカリ頭から抜けてた!」
やはり、俺たちは肝心なところで詰めが甘い。直らんのか、このバカ共は。まぁ、やってしまったことをいつまでも悔やむのも馬鹿らしい。かと言って、またホテルに戻るのも気まずい。
「はぁ…後でアンドリュース博士にメールしてみるわ」
「そーしな。戻るのもアレだしな」
とりあえず、メールをササッと書いて送信。博士もきっと呆れているだろう。全く、恥ずかしいことをしてしまったな。
「き、気を取り直して聞き込み行きますかね」
「だな」
集合時間まではまだ余裕がある。次はどうするか…。あっ、そういえば
「時に、廻原よ。さっき、山から車が降りてくるような音がしたって言ってたじいさんいたよな?」
「あぁ、いたな。もしかしたら、ソイツが巣にイタズラしたからロック鳥が怒ったんじゃねーかって」
「だったら、試しに監視カメラの映像見てみないか?なにか手掛かり掴めるかもしれんし」
「いいね。行こーか」
さて、そんなわけでとりあえず警察署に向けて歩き始めたわけだが、その道中の住宅街の路地に差し掛かったとき、妙な音が聞こえてきた。何かが低く唸るような、妙な調子の声がヌメっと耳に滑り込んできた。
「なぁ、廻原よ。なんか変な音聞こえねぇか?」
「うん、聞こえる。動物か?」
「うーむ、あっちの路地裏かな」
「少し覗いてみる?」
「そうしてみるか。このまま放置するのも気持ち悪いし」
そーっと忍び足で細い路地を進み、音のする方向へ少しだけ顔を出して覗き込んだ。視線の先にはしゃがみ込んでいるハゲ頭の男と、数匹の猫がいた。男は後ろ姿しか見えないが、その正体に心当たりがあった。なぜなら、そのハゲ頭には猫耳が生えていたからだ。
俺は向こうに気付かれないようにメッセージアプリを使って廻原と会話をすることにした。
『なぁ、アレってウォルターさんだよな?』
『間違いねーな』
『もう少し様子見するか?』
『うぃd('∀'*)』
少し聞き耳を立ててみると、先程の唸り声の主はウォルターさんであることがわかった。どうやら猫と会話をしているらしい。
「ウゥルルゥ、フルシャ、うぅ〜〜む。ふぅうん?」
「うぉるにゃぁ、フルぅうむ。しゅううるむ」
「うぉううぉうむ?」
「シャア、ジャク」
「うぉうる。ぐぅおうるむ」
すると、ウォルターさんは持っていた小さな保冷バッグから小魚を取り出して猫達に与え始めた。この状況から鑑みるに、ウォルターさんは餌を与える代わりに、猫から情報を聞き出すという作戦を取っていたようだった。それなりの対価があれば、いくら気まぐれな猫とは言えちゃんとした情報を提供してくれるだろうし、なによりウォルターさんにしかできないことだから、かなり理にかなった作戦だと思う。
『さて、気付かれる前に撤退するぞ』
『おk』
俺たちは再び音を極力立てずに来た道を戻った。猫は耳が凄まじく良いと聞く。故にバレてそうな気もするが、ウォルターさんは仲間だし問題無いと思いたい。
元々歩いていた通りに戻ってしばらく歩いてから、俺たちはようやく口を開いた。
「なるほど、絶対に被らない範囲の聞き込み、か。確かに、あれはウォルターさんにしか出来んわな」
「だな。しっかし、猫語ってあんな感じなんだな。もっと、こう、ニャーとかミャーとか、そういう普通の鳴き方をイメージしてたけど」
「あ〜。確か、随分前にテレビかなんかで聞いた話なんだがな。お前が言うような鳴き声ってのは元々、子猫が親猫に甘えるための声だったらしい。つまり、成猫はそんな鳴き方を本来しないそうだ」
「へー」
「んで、なんで成猫もそんな鳴き方をするのかっていうと、人間に甘えるためなんだと。わざとこの声を出すことで人間からご飯をもらったり、可愛がられたりしてもらえるって分かっているからあの鳴き方をするそうだ。まぁ、要は大人の猫も赤ちゃん言葉で俺たちに話しかけてるってことだ」
「なるほど。じゃあ、あの変な感じの声が本来の大人の猫語ってことか?」
「そういうことらしい。だから、人間が猫にニャーニャー言っても向こうは何を言ってるのかさっぱりわからないらしい。俺たちの場合は普通に人間の言葉で話しかければそれでいいということだ」
「ほえ〜。タメになったねぇ〜。タメになったよ〜」
「…お前、やっぱまだ疲れてるだろ?」
「え?なんで?」
「今朝からずっと、今も微妙に、言葉の節々が幼児退行してるぜ」
「マジ?」
「マジマジ。お前、すんげ〜疲れるといつもそうなるだろ?」
「いや、まー、そうだけど。でも、大丈夫だよ。この通り元気100倍」
「そうかァ?ま、無理すんなよ。やばいなら、先に戻って寝てていいからな。お前ェ、エースアタッカーだから万全にしててもらわないと困るんだぜ」
「OK牧場。でも、ホントに大丈夫だから。今日早寝すれば、明日には完全復活するよ」
そんな他愛もない話をしていると、いつの間にか警察署の前まで辿り着いていた。人口の少ない島ではあるものの、それなりに大きくてキレイな警察署で少々驚いた。だが実際、アンドリュース博士みたいな研究者やジャングルツアーに来る観光客も多いようだし、そう考えれば納得だ。ともかく中に入って受付に赴く。
「やぁ、どうも」
「あぁ、怪防隊の方ですか。どんなご要件で?」
「少々監視カメラの映像を確認させて頂きたいのですよ。その〜……ロック鳥の件で」
「かしこまりました。ではこちらへ」
案内されたのは資料室だった。書類が積まれた棚と、数台のパソコンが置かれている少し圧迫感のある部屋だった。案内してくれた警官はお茶も用意してくれて、操作方法を一通り教えてから定位置へと戻って行った。
「とりあえず、事件の1週間前の映像から見てみるか。あの爺さん、具体的に何日前とか言ってなかったし」
「だな。手分けして複数箇所一気に見ていくぞ」
「うし!始めっか!」
画面を4分割にして一気に4箇所の映像を確認する。そんでもって早送り。当然だ。倍速じゃなきゃいつまで経っても終わらん。かと言って飛ばし飛ばしで見てしまっては、肝心なところを見落としかねない。
画面に映るのは至って平和な田舎町の風景。なんてことは無い。夜中でも数台車は通るが山の方に行く車は今のところ無い。正直、俺も旧鼠との戦いの疲れが抜けきってなくて眠くて仕方ないが、お茶を飲みながら意識を繋ぎ止めて目を凝らす。
しばらく眺めていると、4日前の映像に変化が起こった。1台の車が山に向かって走っていたのだ。ごく一般的なジープだ。だが、夜中だ。明らかにおかしい。山には監視カメラが無いため、戻ってくるのをしばらく待つ。約4時間後に再びジープが現れた。だが、これといって変化は無さそうだ。カメラを切り替えながらジープを追跡すると、港にたどり着いた。ジープから複数の人間が出てきたものの、暗くてよく顔が見えない。ただ、体格的に男性だろう。男たちは1隻の貨物船に近付いて合図を出して、車が乗り込むための橋を掛けた。男たちは再びジープに乗り込んで貨物船へと消えて行った。
「廻原。これ、ちょっと怪しくないか?」
「ん?どれどれ…ふ〜む。うん。たしかにな。夜中に山に行って何してたんだ?」
「それに、奴らが乗り込んだのは見たところただの貨物船だ。貨物船の乗組員がそんなことをする必要はないはずだよな」
「うーん山から何かを盗み出したとか?ほら、鉱石採れるんだろ?」
「どうだろうな。仮に彼らが原因としても、それでロック鳥が怒るとも考えられない」
「だよな〜」
さらに映像を進めてみると、事件が起こった日に、件の貨物船の隣に停泊してあった貨物船が出港した。恐らく、これがロック鳥に襲われた角田丸だろう。それ以降、出港する船はなかった。件の貨物船はまたこの島にいるということになる。
「一応、この貨物船はマークしとくか。まだ、コイツらが原因って決まったわけじゃあないが」
「だな。とりあえず、写メ撮って、記録を控えて…っと」
「さてと、そろっと良い時間だし、行きますかね」
「OK。行こーか」
俺たちは案内してくれた警官に礼を言って警察署を後にした。
ウォルターさんから送られてきた住所に向かうと、そこには1件のレストランがあった。風情ある大衆食堂と言った具合で、店内では地元の方々が愉快に酒を飲んで宴会をしている。観光客向けの店ではなく、地元民向けの名店という印象を受けた。
「よう、待ってたぜ」
「どうも、お待たせして申し訳ありません」
既にウォルターさんと後輩2人が席に着いていた。料理はまだ運ばれてきていない。まだ注文していないのだろうか。
「とりあえず、飯頼んじまおう。今日は俺が奢るから好きなの食いな」
「アザっす!」
「ゴチになります!え〜と、どれどれ…」
メニュー表を早速開いてみる。ヴォアンジョボリ・シ・ヘナキソア、ラヴィンボマンガ・シ・パツァメナ
、ラヴィトゥトゥ、ミサオ……どんな料理か皆目見当がつかん。それは他の4人も同じようだ。恐る恐る口火を切ったのは真衣だった。
「あの〜、ウォルターさん、どれがどんな料理か分かります?」
「い〜や、俺もよくわからん」
「え〜…」
「いいじゃないか。これも旅の醍醐味だ。だろ?先輩コンビよ」
「え!?ええ。確かにそうですね。せっかく色んな土地に行くんですから、色んな経験した方が楽しいですし」
「同感だね。う〜む、無難に店員さんにオススメ聞けばいいんじゃねっすかね?」
というわけで店員にオススメを注文し、早速運ばれてきたのはラヴィトゥトゥという料理だった。米とともに若干緑がかった肉の煮込み料理が皿に乗っている。我々日系人には馴染みのない色合いだ。強いて例えるなら、草団子のような色だ。ということはつまり、葉っぱかなにかとともに煮込んだ料理なのだろう。
「あの、これってどんな料理なんですか?」
「これは豚肉を細かくしたキャッサバの葉っぱと一緒に煮込んだ料理ですよ。観光客の方々では好みが別れるそうですが、我々の大好物ですので、試してみてください」
好みが別れるのか〜。少し怖くなってきたぞ。まぁ、俺は割と癖のある肉料理は好きな方だから大丈夫であることを願いたい。
「じゃあ、いただくとするか」
「「「「いただきます!」」」」
スプーンで肉を恐る恐る口に運ぶ。確かに経験したことの無い独特な風味が感じられる。だが、その奥にほのかにココナッツミルクのような香りもする。塩味もちょうどよく肉の旨みもある。俺個人としてはかなり好きな部類の味だ。
「おいしいですね。俺は好きですよ」
「お、コースケもそー思うか。俺もイけるわ。超美味ぇ」
「俺は…少し苦手かな。でも食えなくはない。ありがたくいただくよ」
「私は可もなく不可もなくって感じです。でも、おいしいですよ」
「アタシは好きっすね。米がめちゃくちゃ進みます!」
感じ方は人それぞれ。好き嫌いがそれなりに別れる。だからこそ、初見の郷土料理を食べるのは面白い!思わぬ発見が必ずそこにはある。やはり、この仕事の1番の醍醐味はこれだと言っても過言では無い。
さて、各々飯を食べながら今日の成果を報告することになった。
「まずは俺らから行かせて頂いても?」
「あぁ、頼むよ」
「どうも。俺らはこの島に滞在してるアンドリュース博士という怪異学者の先生に話を聞きに行きました。どうやら、彼はロック鳥暴走の原因に心当たりがあるらしいのですが…」
「本当か!?」
「ええ。ですが、学術的な観点から簡単には教えてくれませんでした。論文として発表するべき重要なものだそうで。我々がロック鳥の巣に辿り着けたら教えてやってもいいと」
「はぁ、なんてこった…いや、まぁ、別に構わんのだが、なんか癪に障るな…」
「仕方ありませんよ。それが学者ってもんです。それと、もうひとつ別件で気になることが」
「なんだ?」
「何人かの住民が数日前に夜に山から車が走り去る音を聞いたと証言しました。監視カメラの映像を確認したところ、それらしき車を確認し、貨物船に乗り込んだこともわかりました。その車と貨物船の乗組員が今回の事件に関わってる可能性があります」
ウォルターさんは顎を擦りながら俺たちの話を聞いて、何かを考え込んでいる。なにか思うところがあるのだろうか。
「わかった。ありがとう。じゃあ真衣&冬美、君らの成果も聞かせてくれ」
真衣と冬美は少しばつの悪そうな顔をして俯いた。だが、すぐに顔を上げて語り始めた。
「私たちはこれといった成果は得られませんでした。数日前からロック鳥の機嫌が悪かったとしか。すみません…」
「いや、大丈夫だ。一応、事前の警察と怪防隊の捜査と島民の証言に齟齬がないか確認したかっただけだからな。ありがとう」
さて、最後はウォルターさんの番だ。あの猫との会話はやはり取り調べだったのだろうか。気になって仕方ない。
「さて、俺の番だが、俺はある情報筋からおもしれぇことを聞いたぜ」
「と、言いますと?」
「ここ数ヶ月の間、ロック鳥の匂いが少し違ったそうだ」
「え、ちょっと待ってください。誰に聞いたんですか?そんな話」
真衣は何も見なかったのだろう。それだったらそう思うのも無理はない。
「ん?そうだな。お前らならわかるよな、武縄、廻原」
「!?」
やっぱバレてたか〜!そりゃそうか。鼻も耳も良いもんな、猫は。仕方ない。
「すんません。変な声が聞こえたんで覗き見してました」
「めちゃくちゃ気になっちまったもんで、すみません」
「覗きとは趣味が悪ぃな。まぁ、いいけど。実は猫から話を聞いてきた」
「猫!?」
「猫ッスかぁ〜。たしかに、それならそんな話聞けそうッスね」
ウォルターさんは得意気な顔で続ける。
「猫ってのは鼻が利くからな。犬程じゃないが。彼らによると、ここ数ヶ月、羽ばたく度にいつもと違う匂いがしたそうだ。少し鼻をつんざく甘ったるい匂いと、別のなにかの匂い。その別のなにかの正体は分からないが、嗅いだことの無い動物の匂いがしたそうだ」
いったい、ロック鳥はなんの匂いを身にまとっていたのだろうか。ロック鳥は肉食だからそんな甘い匂いが付着するシチュエーションなんて無さそうだ。それに、別のなにかも気になる。動物は普段から狩って持ち帰っているようだから、獲物の匂いでは無さそうだが。
いや、待て、なんか見えてきそうだな。今までの話にはなにか繋がりがあるように思える。変な匂いを纏ったロック鳥、アンドリュース博士が巣で見た重大な発見、山から降りてくる不審な車……もしかして…
「で、俺が猫から聞いた話と、さっき武縄が話してくれたこと、そこから俺はある結論を導いた」
「俺も、何となくですけど、見えてきたものがあります」
「マジで!?」
「お前もか、武縄。さすがだな。じゃあ、せーので言うか」
「そうですね」
「じゃあ行くぞ。せーのっ!」




