いざマダガスカル
5月16日21時27分
怪防隊ナイロビ支部コールセンター
『こちら、怪防隊。怪異ですか?超犯ですか?』
『こちら、貨物船、角田丸!き、緊急事態発生!救援願います!』
『どうしました?落ち着いて状況を教えてください。そちらは現在どちらに居ますか?』
『げ、現在、マダガスカル沖!マダガスカルからイランへの航路を進行中!』
『はい、ありがとうございます。今、近くの怪防隊に出動を要請しました。出動した怪防隊にも繋げているので、引き続き状況を』
『デ、デカい鳥に!鳥に襲われて…う、うわぁぁぁぁぁぁ』
突如として金属がひしゃげる音、木材が割れる音、乗組員の悲鳴が木霊する。
『大丈夫ですか!?応答してください!』
『鳥が!鳥が!』
『鳥が、どうしたんですか!?』
『ふ、船を…掴まれて!』
船が軋む音と水が滴る音、さらに巨大な羽音まで聞こえてくる。
『た、助け…うわぁぁぁぁぁぁぁ、ごぶッ』
いくつもの激しい衝突音と共になにか柔らかいものが潰れる音が響いた直後、耳をつんざくような衝突音とノイズが走り、音声は途絶えた。
「以上が、2日前に怪防隊ナイロビ支部にかかってきた通報です。翌17日に怪防隊と地元警察、及び海上保安庁との合同捜査により、マダガスカルのトアマシナ港から出港した角田丸はマダガスカルから約2070km離れた海域で沈没していたのが発見されました」
パソコンのモニターは海中で撮られたと思しき写真が表示されている。
「このように、船体は中央付近で真っ二つに割れてしまっています。また、船体にはいくつかの大きな穴が開いていることも確認されました。この通信記録と船体の状況から、角田丸は巨大な鳥に船体を鷲掴みにされ、空中に持ち上げられた後に放り出された結果、海面に強く叩きつけられたことによって船体が大きく破損。沈没に至ったと結論付けられました」
船体に開けられた穴は、その鳥の巨大さを恐ろしく、そして静かに突きつけてくる。
「また、乗組員は全員発見され、死亡が確認されました。そのため、乗組員からの具体的な証言は得られなかったものの、先程の記録や、警察が行った現地住民の聞き込み調査により、今回の事案はマダガスカルに生息する特定神獣、ロック鳥・ルフによるものであると断定しました。そのため、今回の任務はロック鳥・ルフの討伐ではなく、ロック鳥・ルフが船舶を襲うに至った経緯の調査となります。そして、討伐が必要だと判断された場合に限り、討伐を行ってください」
───特定神獣とは、連合政府によって指定された怪異の総称である。これに指定される条件として、
①通常の怪異と一線を画す力を有する
②その怪異自体が古くから信仰の対象となっており、信仰の力を有している
③基本的に人間に危害を加えない
④その怪異が死亡した場合、社会に混乱が生じる、或いは大陸の怪異の均衡が崩れる可能性が高い
の全てに当てはまる必要がある。また、②や④の理由により、基本的には討伐は禁止されている。今回のように人間に危害を加えた場合は調査を行い、今後も多くの人が犠牲になる危険性が高いと判断された場合、討伐が実施される。
余談だが、他の特定神獣として、ユニコーン、白澤、中国の四神、ケツァルコアトルなどが指定されている────
「では、質問があればどうぞ」
「はい」
「武縄、どうした?」
あ、やっぱり本部の偉い人が居たから態度が全然違ったんだ。俺らに対してはいつものスタンスなのね。まぁ、当然か。
「マダガスカルってアフリカですよね?俺らの任務の管轄外では?」
「確かにそうだな。では、その辺も説明しましょう。今回、我々が出動することになった理由は大きくわけて2つあります。1つは角田丸を所有している運送会社がニイガタに本社を構えていること。ニイガタ支部に強い調査の依頼があったため、出動が検討されました。2つ目はイランの行政長官から強い要望があったためです。このような事案が今後も発生する可能性があるため、イランから船や飛行機を出せないため、行政区内の住民から不満が出ているとのことです。特に、イランの港がある地域では業務がストップしているとのことで、一刻も早く解決して欲しいと要望を受けました」
イランはアジア地方に含まれるため、俺たちの管轄だ。確かに管轄内から、それも2箇所から事件の早急な対処を求められれば、アジアの隊員を出動させねばならんだろう。これでアフリカの隊員が出ることになれば、ニイガタやイランの住民からの非難の声は免れない。何のために税金を納めているのだ、と言われるのは目に見えている。それに、アジアの地方統括司令官である師匠の面子も潰れかねない。
「以上の理由から、アジア地方の怪防隊支部が今回の事案の対応に当たることが決定されました。ただ、主な活動予定地がアフリカ地方のマダガスカルであるため、通常はアジア担当である我々ニイガタ支部は出動できません。そのため、本部の隊員が出動し、その助っ人として我々が出動するという形を取る事になりました」
「そういう訳だ。監督っつても、別に威張り倒す訳でもねぇし、普通に戦闘にも参加する。早川さんと同じく、普通の上司として接して貰えるとありがたい」
「それと、私は諸用があるため、任務は途中からの参加となります。おそらく、明後日には合流できるかと。それまで、ウォルターさん、よろしくお願いします」
「OKだ。じゃあみんな、さっさと準備して行くぞ」
「「「「了解!」」」」
俺たちは手早く準備をした後に事務所を出て駅に向かった。今回は陸路でイランまで行った後に、特殊なルートでマダガスカルまで向かうらしい。
「マクレーン中佐、特殊なルートとはどのようなものなのでしょうか?」
「それは着いてからのお楽しみだ。あと、堅苦しい呼び方は好かん。『ウォルターさん』で構わんよ、武縄中尉殿♡」
「わかりました、ウォルターさん」
本部から来た人と聞いてビクビクしていたが、予想に反してフランクで人当たりのいい人だった。ユーモアで返してくるのも西洋にルーツを持つ人らしさが出ている。
駅に着いてすぐに大陸横断鉄道の特急に乗り込むことが出来た。
「特急と言っても時間がかかる。今のうちに仮眠や食事を済ませて、英気を養っておこう。特に、武縄くんと廻原くんは疲れてるんだろ?」
「え、そうなんスか?」
「え、えぇ、まぁ」
「どこでそれを…」
「宮本さんから連絡があったからね。疲れてるだろうから、無理はさせないようにって」
師匠、普段なら絶対にそんなこと言わないのに。槍でも降るんじゃなかろうか。
「ウォルターさんは師匠とはどういう関係で?」
「何度か任務に同行してもらったことがあってね。ものすごくお世話になった。あの宮本さんに育てられたなんて、羨ましいよ」
「あはは、恐縮ッス…」
めちゃくちゃ厳しくて、正直羨ましがられることなんて無いなんて口が裂けても言えない。しっかし、師匠は色んなところで恩を売ってるんだなぁ。やはり、人望は人一倍あるらしい。
「ところで、先輩。その宮本さんって…」
「あー、言ってなかったけ。俺とコースケの師匠で、地方統括司令官の宮本将司」
「ゑ!?あの、人類最強の…?」
「そそ、人類最強の男、宮本将司」
「マジっすか…」
「すごいですね…」
「別に俺たちがすごい訳じゃないよ。拾われたのは偶然だし」
「そーそー。すごいのは師匠。俺たちはただのラッキーボーイに過ぎないのよ」
その後、俺と廻原は仮眠を取り、気が付いた頃には見知らぬ荒野が窓の外に広がっていた。列車の電光掲示板を確認すると、イランの手前のパキスタンまで来ていたことがわかった。廻原は隣でまだ寝ている。ウォルターさんはタブレット端末を弄っており、後輩2人はおしゃべりをしながら軽食を摂っていた。
「お、お目覚めかな」
「はい、おかげさまでゆっくり寝れました」
「そりゃ良かった」
「ところで、何をご覧になってるんです?」
「あぁ、これ?君らの超能力のデータをね」
「そうでしたか」
「そうそう、昨日の旧鼠との戦いのデータも宮本さんに送ってもらってね、見させてもらった。なかなかいいセンスをしてるじゃねぇか」
「ヘヘッ、ありがとうございます」
「廻原くんの分身の原理はよく分からんが、お前さんの縄による擬似的な筋肉増強、こいつァなかなか思いつかんナイスアイディアだ。2人とも最高だ」
やはり、褒めてもらえると気分が良いな。大人になると、なかなか褒めてもらえることはない。こういう機会は貴重なのだ。それを噛み締めながら、自分の努力が間違ってなかったということを実感する。
イランに到着した後、海沿いにある怪防隊の基地へと向かった。どうやらここに特殊なルートというものがあるらしい。基地の中を案内してもらい、ずんずんと奥に進んで行くと、大きな広間に出た。そして、その中央には大きな穴が空いており水が満ちている。そして、磯の匂いが立ち込めていた。
「ウォルターさん、もしかして、これって…」
「あぁ、そうだ、特殊なルートとはこれだ!」
ウォルターさんが指を鳴らすと、海面がどんどんと盛り上がり、巨大な鉄塊が飛び出してきた。
「すっげ〜!潜水艦だ〜!」
「デカいっすねぇ…」
「私、初めて実物見ましたよ…」
「俺もだ。カッケェなァ…」
「これが、今回我々が搭乗する原子力潜水艦『ネッシー君』だ!」
絶妙に名前がダセェな。せっかくビジュはかっこいいのにもったいない。だが、潜水艦に乗るというのは初めての体験だ。やはりワクワクする。
「今回はロック鳥の影響で空路も海路も危ないからな。だから水中から攻める。いくらロック鳥とはいえ海の中には潜って来れないからな。ささっ、早く、乗った乗った!」
ドックの隅にある階段を上がって2階の通路を通り、潜水艦の真上までやってきた。ハッチがゆっくりと開き、通路からハシゴが降ろされる。次第にボルテージが上がって行くのを感じながら1歩1歩ハシゴを降りていく。
ハシゴを降りきると、想像以上に広々とした空間が広がっていた。潜水艦には何となく狭そうなイメージがあったが、ネッシー君はそうではないらしい。廊下を進んでいくと操縦室と思しき部屋にたどり着いた。何人かの乗組員が様々な計器を確認している。そして、立派な帽子を被った中年の男性が近付いてきて敬礼をした。
「お疲れ様です!」
「うん、おつかれさん。こちらのメンバーは全員揃ったよ」
「了解しました!準備が整い次第、潜行を開始します!」
そして、その男性は今度は俺たちの方に向き直って挨拶をした。
「私は本艦の艦長、根元と申します!よろしくお願いいたします!」
「「「「よろしくお願いします!」」」」
見慣れない空間を舐め回すようにじっくりと眺めていると、根元艦長は立派な椅子に座ってオペレーションを開始した。
「こちら根元。本艦は間もなく潜行を開始する。乗組員各位は最終確認を行うこと」
「計器オールクリア!」
「魚雷発射管、異常無し!」
「放電システム、テスト開始!」
雷が落ちたかのような凄まじい轟音が響く。クラーケンのような大型水生怪異から逃れるための防御システムなのだろう。
「放電システム、オールクリア!」
「了解!これより、潜行を開始する!全乗組員は配置に着き、衝撃に備えよ!」
俺たちも用意された座席に座り、シートベルトをしっかりと締める。
「ネッシー君、潜行開始!」
空気が抜けるような音が響いた直後、ふわりと落下するような感覚に襲われ、あぶくの音と共にネッシー君は海へと潜って行った。
どうやら、この部屋の壁は全面モニターになっていたらしく、美しい海中の世界が目の前に広がっていた。まるで竜宮城にいるかのようだった。その景色に見蕩れていると、ウォルターさんが声を掛けてきた。
「おーい、作戦会議するぞ〜」
「了解!」




