契約者
「OK。じゃあ最初の質問だ。お前と契約した人間は誰だ?」
「いきなり核心を突くようなことを聞くじゃないか」
「おい、コースケ。なんのことだ?契約?」
「悪い、廻原。後にしてくれないか?コイツには時間が無い」
「お、おう…」
首だけになった旧鼠には本当に僅かな時間しか質問できない。なるべく急いで答えてもらわねばならん。
「で、どうなんだ?誰と契約した?」
「名前は知らん」
「そんなことはないだろ。人ならざる者との契約には自分の真実の名が必要だと大昔から決まってんだ。教えてくれよ」
「だから、知らん。契約する前は人間の言葉なんぞ理解できんかったからな。契約して言葉がわかるようになった後には彼奴は名を教えてはくれんかったぞ」
なるほど。確かにそれなら知らんのも無理は無いか。仮にこれがウソだとしてもこれ以上追及するのは難しそうだ。他の質問に切り替えるとするか。
「OK。じゃあ次の質問だ。その契約した人間の見た目を教えてくれ。それくらいは覚えてるだろ?」
「あぁ。覚えてるとも。彼奴は男だ。そうだな、お前よりは老けて見えたぞ」
「身長は?」
「キサマとさほど変わらん」
「服装は?」
「白い装束に縦長の帽子を被っておった」
「なるほど…それってこんな感じか?」
俺はスマホである画像を旧鼠に見せた。
「あ〜、そのような姿をしておったな」
「やっぱりな。で、その男とどんな契約をした?」
「時が来たら自分たちに協力するように頼んできたぞ。見返りとして、事を成し遂げたら旧鼠の国を作ってやる、と言っておったわ。旧鼠の国を作れば、部下も何不自由なく、堂々と陽の光の下で生きていけるから、ワシはその条件を飲んだ」
RPGでよく聞くようなセリフだな。追い詰められた魔王が世界の半分をくれてやるから仲間になれ、と勇者を勧誘する展開。まぁ、察するに旧鼠と契約した男は世界征服を目論んでる可能性が高いってことか。事態は思った以上に深刻かもしれん。
「よし、次だ。さっき、お前は『ワシと対等に戦える人間は久々だ』みたいなこと言ってたが、以前戦った人間ってのは誰だ?」
「あぁ…それも、彼奴じゃよ。ワシと、契約を…した、男だ」
マズイ。急に旧鼠の息が上がってきた。そろそろタイムリミットかもしれない。
「その男とは何故戦った?」
「力試し…そして、ワシに、人間の、武術を教えると…」
「わかった。質問は以上だ。ありがとう」
旧鼠はもはや虫の息になっていた。薬でどうにか命を繋いだだけだ。無理もない。だが、今際の際に彼は口を開いた。
「最期に…ワシからも、いいか…?」
「なんだ?」
「キサマらの…名を…聞かせては、くれんか?冥土の…土産に……したい」
その旧鼠の言葉に、なんとも念が俺の心を覆った。俺と廻原は思わずヘルメットのウィンドウを開け、敬礼をして答えた。
「自分は怪防隊ニイガタ支部所属、武縄公介であります」
「同じく、廻原巡であります」
なぜ、怪異に敬礼をしたのか、改まって名乗ったのか、そのときは俺にもわからなかった。でも、そうせずには居られなかった。目の前で死にかけている、俺たちの手で死にかけているこの旧鼠に、ある種の畏敬の念を抱かずには居られなかった。
旧鼠はこれまで見せたことの無い穏やかで、満足そうな顔で答えた。
「そうか…武縄と、廻原か…。確かに、覚えたぞ。我が好敵手よ…生まれ変わったら…また…闘ろう…」
「あぁ、約束だ」
「何度でも受けて立ってやるぜ」
白い旧鼠は静かに息を引き取った。
白い旧鼠の遺体を回収用ボックスに納めながら、考えていた。この旧鼠は、俺たちとなんら変わらない生き物だったと。そして、誇り高き武人であったと。異種族で、なおかつ人間より程度が低い畜生の怪異であったのに、彼の目は、闘いぶりは、死に様は武人そのものだった。
同時に、彼は名君でもあった。自分が束ねる種族の繁栄と平和のために闘おうとしていた。その善悪がどうであれ、その根底にある理念は偉大で崇高なものだ。
だからこそ、俺たちは畏敬の念を憶え、彼に敬意を持って見送ったのかもしれない。彼を殺したことに全く悔いはないし、正しいことだと理解しているが、彼は俺たちにとっても偉大な好敵手の1人だと思わずには居られなかった。
とりあえず、白い旧鼠の遺体の回収は済んだので一旦休憩することにした。簡易休憩室を設置し、入口で消毒しながら中に入る。ようやくヘルメットを外して休める。頭が蒸れて大変なことになってるが、シャワーを浴びてる暇は無いのでタオルでゴイゴイと拭いて誤魔化した。
昼飯はカップ麺と餅を食うことにした。カップ麺が出来上がるのを待ってる間に廻原が俺に疑問を投げかけた。
「なぁ、コースケ。さっきの旧鼠への尋問。あれの意図というか、なんというか、お前が掴んでること、教えてくれよ」
「あぁ、そうだったな。OK。順を追って説明しよう」
俺はスマホを取り出し、任務の前に確認した旧鼠に関する資料を開いた。
「まず、俺はあの白い旧鼠が人間と契約したと考えた。1つ目の理由はその見た目。文献によると、『旧鼠は人間と契りを交わし千年の歳月を経て体色が白く染まったネズミ』って記述がある。ほらここ」
「確かに、俺もその記述を思い出したけどさ、でもあの旧鼠がたまたまアルビノの個体だったって可能性もあるだろ?」
「そのとおり。だから俺も初見では断定できなかった。アルビノじゃなくてもシルバーバックのゴリラみたいな線もあったからな。だが、明確に人間と契約したという証拠を掴んだ。それが…これだ」
次に俺はICLデバイスで撮影した五芒星の紙の写真を見せた。
「これは祭壇に祀られてた岩から出てきたものだ。最初、あの祭壇は旧鼠がどっかからパクってきたものをそれっぽく飾っただけのものだと思ってたが、そうじゃなかった。岩は比較的新しい鉄筋コンクリートで作られた人工物で、その中にこの紙が仕込まれてたんだ」
廻原はじっくりと舐めるようにその写真を眺めていた。
「五芒星…」
「そうだ。五芒星は紀元前からシュメール人やエジプト人を初め、世界中の古代人たちにとって特別なシンボルとして使われてきたものだ。もちろん、日本も例外じゃない。だが、これだけ世界中で使われてるシンボルだとどんな奴が仕組んだものかわからん。だから、旧鼠に契約者に関する質問をした。そこで、明確な答えを見つけた。それが、これだ」
最後に、俺はさっき旧鼠に見せた画像を表示した。
「これは、陰陽師か?」
「そう。旧鼠は契約者の服装に関する質問で、『白い装束に縦長の帽子』と答えていた。そして、怪異を支配下に置く、つまり調伏して使役することが出来る人間。さらに、五芒星をシンボルにしている人間。これらの条件に当てはまるのは陰陽師しか居ないってことだ」
───陰陽道において、五芒星は重要な役割を果たしている。主に魔除の呪符に使われることが多い。この五芒星は陰陽道の基本概念となった陰陽五行説における5つの元素を表しているとされている。事実、平安時代の陰陽師、安倍晴明もこの五芒星を五行の象徴として使っており、現在も家紋や晴明神社の神紋として使われている。
また、調伏とは仏教や神道で用いられる言葉である。もともとは、悟りを開くために己を律し、外からの邪なものを排除する、という意味合いの言葉だが、陰陽道を語る上では少し異なる。簡単に言えば、妖や鬼神を自分の手下にして使役することを指す。このようにして調伏したものを式神と呼ぶ─────
さて、陰陽師という非現実的なものをお出ししたが、廻原はどう受け止めるだろうか。しばらく、黙っていたが、ゆっくりと口を開いた。
「陰陽師…ねぇ…」
「そうだな。ちょっとにわかには信じられんかもしれんが、これが1番有り得る線なんだよな」
「いや、普通に俺も有り得ると思うぞ」
「マジで!?」
予想とは異なる反応が飛び出していささか驚いた。
「突拍子のない説だと思いながらも話してたんだけど、普通に信じるのな!?」
「いや〜、まー、確かに普通の人なら信じないだろうけど、俺見ちまってるもんな〜」
「見ちまったって…あ!?」
その瞬間、数ヶ月前の事件が稲妻のようにフラッシュバックした。
「あの、摘田時計店に居た!」
「そうそう!」
「「安倍清行!!」」
そうだった。あの事件で時計店の店員で泥棒のグルだった男を謎の方法でシバき、そして廻原が幽霊のようなものを従えてたと言っていた、安倍清行。俺の両親の死に関与していると思しき安倍清行。彼が陰陽師なら、全てとまでは行かないが、ある程度説明がつく。
「今回の事件に安倍が関与しているかまではわからないが、あの人が陰陽師だったら俺の仮説にも信憑性が出るな」
頭の中で状況を整理しながら、言葉に変える。少し粗はあるが、可能性としては大いに有り得る。
「まず、俺の両親は怪異に殺されたが、安倍が陰陽師だった場合、怪異を調伏することで間接的に殺害することができる。企業秘密を知って逃げた裏切り者を排除できる」
「次に、摘田時計店での一件。現在の怪異ではなく、古来から伝わる陰陽師の式神を使役して泥棒の1人を再起不能にできる。俺の目には見えず、廻原にだけ見えたのは霊感が有無による差だろうから、古来からの式神であることは確定だろう」
式神は古来から誰にでも見えるものではなかった。幽霊や妖怪と同じ類で才能のある者や子どもにしか見ることのできない存在だ。恐らく、廻原には霊感があるのだろう。今は怪異が当たり前のように蔓延ってる時代だから、ほとんどの人は霊感があることに気付きにくくなっている。まぁ、いずれにせよ何らかの方法で廻原の霊感については検証する必要がある。
「最後に今回の一件。契約者が陰陽師ならば、旧鼠と契約を交わして調伏できる。あとはさっき言った通りだな」
こんなところで安倍清行の名前が出てくるとは思わなかった。だが、彼が陰陽師だという確固たる証拠は無い。今あるのは廻原が式神らしきものを見たという証言のみ。だからこそ、現代にも陰陽師がまだ存在するかどうかも確定していない。
だが、この旧鼠の事件を辿れば陰陽師の存在を証明できるかもしれない。この事件の黒幕が安倍清行じゃなかったとしても、彼が抱える秘密にアプローチ出来るかもしれない。大きな希望が見えてきた。
「で、どーするんだ?この件、師匠に報告するんだろ?」
「するさ。でも、安倍に関する話はしない。証拠が無さすぎるからな。ちょっと、今から電話してみるよ」
さっそく、俺は師匠に電話をかけた。最初のコール音が鳴り止まぬうちに師匠は電話を取った。
『はい、もしもし』
「あ、もしもし、師匠?」
『お?公介、どうした?もう終わったか?』
「いや、まだですが、旧鼠の親玉をぶっ倒したところです。それより、ちょっと聞いて欲しいことがあるんですけど…」
俺はさっき廻原にした話を師匠にも聞かせた。師匠はずっと黙って俺の話を聞いてくれていた。聞き終わったあとも、しばらく黙り込んでいたが、ようやく口を開いた。
『なるほど、陰陽師か…』
「どう思います?」
『うむ。可能性としては有りうるな。その旧鼠がウソをついていなければ。じゃが、ワシも少し気になることがある。少し調べてみることにするよ』
「分かりました」
『お前さんらは引き続き旧鼠の討伐にあたってくれ。じゃ、頑張れよ』
「了解しました!」
電話を切ると廻原が反応を伺ってきた。
「どうだった?」
「気になることがあるから調査するって」
「師匠もその説の肯定派か。良かった〜」
「まぁ、師匠も安倍とかフタバ重工を追ってるわけだし、言わなくてもそのうち辿り着くかもな」
「だと良いな。さて、俺たちもさっさと仕事終わらせよ〜ぜ〜」
「応よ!」
俺と廻原は少し伸びた麺をササッと食べて休憩室を後にした。




