赤い雪
弥三郎婆を地面に叩きつけたのは良いものの、こんな住宅地では戦えない。間違いなく二次災害が発生する。そこで、まだ弥三郎婆がダウンしている間にストレージ付き腕時計から「インスタント・テレポーター」を取り出す。無機質なボールペンのような装置を握りしめ、先端に付いたスイッチに指を置きながら念じる。自分と弥三郎婆を住宅地から離れた森の中へ転送する、と。そしてお馴染みのセリフをつぶやきながらスイッチを押す。
「ポチッとな!」
すると、心地良い重低音が響き一瞬眩い光に包まれたかと思うと、気付いた頃には暗い森の中にテレポートしていた。すぐに、次の道具「インスタント照明」を腕時計からいくつか取り出し空中にばら撒く。周辺は昼間のように明るくなり、吹雪いていても弥三郎婆の姿をハッキリと確認することができた。そして、周囲の様子もわかった。森にしては思っていたよりも拓けている場所だった。これなら思う存分縄を使うことができそうだ。
弥三郎婆はゆっくりと立ち上がった。伸びきったボサボサの白髪、ボロボロでみすぼらしい和服、皺だらけの顔、黒目が無く血走った鋭い目、鷲のような鼻、歯をむき出した大きな口、まさに鬼婆といった恐ろしい姿をしていた。
テレポートした際に縄は消失してしまっている。インスタント・テレポーターを使っているときに超能力は強制的に解除されるからだ。俺はすぐに弥三郎婆に向けて右手から縄を放つ。しかしその瞬間、弥三郎婆は吹雪に乗って縄を躱し、俺をめがけて突進してきた。
「マジか、ばか速ぇじゃねぇか!避けられn」
弥三郎婆の渾身のタックルは俺の腹にクリーンヒットした・・・かに思えたが左手から咄嗟に出した縄を平べったく盾のように成形して構えていたおかげで、衝撃をかなり吸収できた。吸収できたとは言え、威力は凄まじく数メートル後方に吹っ飛び、木にぶつかって止まった。腹も背中も痛む。戦闘服と縄の盾で幾分かダメージは軽減されているものの痛みは体に残った。
なんとか、木から離れ弥三郎婆を見据える。弥三郎婆は俺がさっきまで立っていた地点でニヤリと笑っているように見えた。まるで、さっきのお返しだと言わんばかりに。
だが、その嫌な笑みと今の一撃で完全に心に火が付いた。もともと、こいつは微塵も許すつもりはなかった。未来ある子どもの命を奪ったからだ。それだけでは無い。今のヤツの行動を見るに、弥三郎婆は人を痛めつけ、その反応を見ながら殺すことを楽しんでいる。全く、腹立たしいったらありゃしない。
弥三郎婆は俺の様子に気付いたのか、また吹雪に乗って突進を始める。だが、同じ手を喰らうほどバカではない。俺は師匠と共に編み出した必殺技を繰り出す。右手首をスナップさせながら縄を5本束ねて放ち、横から弥三郎婆を捕縛する。
「壱式・大蛇」
さすがは、厨二病真っ最中のときに編み出した技だ、あまりにも技名がイタい。だが効果は絶大だ。捕縛した弥三郎婆をそのまま木に叩きつける。
「おう、知ってっかクソババア。猛スピードで直線運動をする物体は横からの衝撃に弱ぇんだ。テメェの攻撃はバカ単調だったから、簡単に捕まえられたぜ」
一度落ち着き、次の技を使うため血を流す弥三郎婆を持ち上げる。
「散々人ンこと舐め腐りやがって…ぶっ殺してやらァ!」
そして、縄に縛られた弥三郎婆を木や地面に叩きつけながらめちゃくちゃに振り回す。
「大蛇派生、伍式・山嵐ィ!」
確実に弥三郎婆がくたばるまで振り回し続ける。この伍式・山嵐は妖怪にしか使わない技と決めている。なぜなら、喰らった敵は原型を留めないほどグチャグチャのミンチになるからだ。
吹雪はやがて弥三郎婆の血に染まりはじめ真っ赤になっていく。雪に付着しない分は血の雨となって降り注ぎはじめた。外道の血が体に付くのは気分が悪いが仕方ない。15分は経っただろうか、降り積もった雪だけでなく、周りの木々も真っ赤になっていった。
最初はゴツゴツと響いていた衝突音もグチャッという気持ちの悪い音に変わっていた。もういいだろう。捕縛していたモノを地面に叩きつけ、縄を消失させる。もはやソレがただの肉塊であったことは言うまでも無い。
「2月7日午前0時43分、弥三郎婆 討伐完了!」
弥三郎婆だったモノを回収用ボックスに納めた後、周囲を見渡す。赤い雪に包まれた地獄絵図と化していて、俺は頭を抱えた。現場の後処理も隊員の仕事だ。後先考えず技を使うのは悪い癖だ。
「こりゃあ、朝までかかりそうだな.......」
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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以下、アイテムと技の解説です。
インスタント・テレポーター
ボールペンのような形をした簡易テレポート装置。1個につき3回までテレポートができる使い捨ての道具。テレポートの対象、行き先を念じながら、「ポチッとな!」と言いながらボタンを押すことで作動する。セリフの目的は誤作動を防ぐこと。半径1㎞の地点にテレポートできる。ストレージ付き腕時計の3番に収納されている。
インスタント照明
小さいドローン型の照明。6時間稼働する使い捨てのアイテム。投げるだけで作動する。ストレージ付き腕時計の4番に収納されている。
回収用ボックス
討伐、または確保した妖怪や超能力犯罪者を回収するための箱。中は異空間となっていて、どんなサイズのものでも入れられる。出口があり、それは回収用ボックスを管理する怪防隊の支部に繋がっている。ストレージ付き腕時計の2番に収納されている。
壱式・大蛇
縄を束ねて飛ばし、敵を捕縛する技。そのまま壁などに叩きつけることもある。手首にスナップを効かせることでスピードを上げながら軌道を変えることもできる。
伍式・山嵐
捕縛した相手を振り回す技。公介はとにかく振り回すということだけを意識し、縄をめちゃくちゃに振り回している。聞こえはいいが、やっていることはゲームの「レバガチャ」と同じである。だが、威力は凄まじく、敵を肉塊にするまで止まらない。
技名
技名は編み出したときは中学生だったため、厨二病全開のものになっている。しかし、これ以上良い名前も逆に思いつかないため、仕方なくこのままにしている。なら、技名を言わなければいいのでは、とも思うが仲間と連携するときにどの技を使うかわからないと危険であるため、技名は必要なのだ。