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ネオス・パンゲア怪異ファイル 〜平凡な能力者、怪異と悪意をド根性と友情パワーでぶっ飛ばす〜  作者: 芦田メガネ
第1章 アジア編

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白い旧鼠

武縄たちが白い旧鼠と交戦する少し前────



日本某所



「ねー、あの子たち本当に大丈夫かな〜〜?」

「ん?なにがだ?」

「ウチらが行く予定だった任務ですよ〜!だってアレ、ウチら4人が何日かかけてやるヤツでしょ?あの子たち2人だけで大丈夫なのかな〜って」


 そう言うと女は瓢箪に口をつけてグイッと中身を呑んだ。髪が揺れる度に根元だけ染めた淡い橙色が、髪の中間から毛先にかけて染めた紺色と相まって夜光虫のように美しく点滅する。


「ぷはぁ!それにしても、宮本さん、ちょっと厳しすぎません?いくら実戦でヘマしたからって、あんな無理難題をあの子たちに押し付けるなんて」

「別に普通じゃないか?実戦でのヘマは死を意味する。一時の油断は隊員だけでなく、民間人の命も危険に晒されることになる。それをしっかり叩き込ませて、実力を向上させる必要がある。それには最適な任務だと思うんだが」

「そうッスけど…」


 金髪オールバックの男はさも当然かのように言い放った。呑んだくれてる女は未だに納得がいってないらしく、首を傾げながら酒を煽っている。


「それでも、宮本さんはあの2人を高く評価している。弟子だからと依怙贔屓してるわけではなく純粋に。それは俺も同じだが」

「まぁ、確かに若手にしては強いッスもんね」

「あぁ。それに、きっとあの人のことだから『昇格試験』も兼ねてるんだろうな」

「そうなんですかね〜?う〜ん。でも、やっぱ心配だなぁ」


「………そんなことより、自分の心配したら?」

「そうですよ。我々だってキツ〜い任務の最中なんですから」

「あ〜そうだったそうだった。ごめんごめ〜ん」


 気怠げにしている長髪の女はおデコの冷えピタを貼り替えながら拳銃に新しい弾を装填する。その横でサラリーマン風の男がそれまで持っていた匕首(ドス)を仕舞い、レスラーのような覆面を被り自らのスーツを破り捨てた。



「さて、行くぞみんな。もうひと踏ん張りだ」

「は〜〜い!」

「………了解」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!プロテイーーーーーーーーーーンッ!!!」


 この4人の精鋭部隊、通称『懐刀』の目の前には巨大な鬼が数体、そして、言葉では言い表せないほど醜悪な老婆が立ちはだかっていた。そして、彼らが下って来た坂道には骸と化した悪鬼羅刹がゴロゴロと………









そして現在─────




 さっきの衝撃波で内臓が少しイカれたかもしれない。アバラも何本か逝ったな。アドレナリンのおかげでなんとか意識を保っていられるが、すぐに薬を打たないと取り返しがつかないことになる。


 だが、白い旧鼠は俺の渾身の飛び蹴りを受けて大きく後ずさりしたもののピンピンしている。これでは薬を打ち込めるほどの余裕は無い。


「少しはやるようだな、人間…」

「ケッ…ゴブッ…そっちこそ、な…」



 とりあえず、このままもう少し戦うしかない。医学の知識に疎いのが残念だ。あと何分戦えるのかよく分からない。だが、廻原はすぐに行くと言ってくれた。アイツなら、俺の限界が来るまでに間に合ってくれるはずだ。それを信じて戦おう。



 幸い、これまでの通路より少し空間に余裕があるため、衛星を展開して戦えそうだ。壊れた偵察衛星以外の全てを展開。


「悪ぃ、BOB。援護と衛星の操作、両方頼む」

「任せろブラザー。だけど、アンタの身体のタイムリミットは3分くらいだ。無理はするなよ」

「了解。頼りにしてるぜ」



 BOBは高性能AIだ。BOBの分析によれば、恐らく薬を摂取しなければ、どう足掻いても俺の活動限界は3分ってことだろう。いいじゃねぇか、ウルトラマンみてぇで。全く笑えない状況だが、不思議と笑みがこぼれる。


「随分と余裕そうだな。血を吐いてる割にはな」

「ヘッ、昔憧れてたヒーローと同じ条件突きつけられたんでな。ちょっとテンション上がっただけよ。さて、続きだッ!」



 縄を近くの衛星に括り付けてターザンのような移動を開始する。両手からどんどん縄を発射し、予測が困難な動きを作り出す。BOBも旧鼠の周りに不規則に衛星を配置、移動をしてくれているためかなり複雑な動きができているはずだ。


 そして、一気に近付いて白い旧鼠の眉間に鋭い一撃を放つ。やはり、頭蓋は恐ろしく硬い。自分の拳の方が砕けてしまいそうだ。素直に腹を狙った方が確実かもしれない。


 白い旧鼠は怯むことなく俺に手をかざしてきた。また衝撃波が来る。急いで縄を発射して回避する。身体を翻した瞬間、手をかざした先にあった天井がガラガラと崩れた。


「あっぶねッ!」

「チィッ!小癪なッ!」


 やはり、あの衝撃波が厄介だ。射程距離もそれなりにあり、威力も極めて高い。ヒットアンドアウェイでどうにかするにしても、いかんせん威力が足りない。BOBの援護射撃も硬い肉や骨に阻まれてろくに通らないらしい。


 どうする?手足を折るか?いや、あの骨もかなり太い。今みたいに無駄になる。そんなことに時間は使ってられない。

「BOB。あと、何分だ?」

「あと、2分ってとこだな。急げよ」

「了解」


 廻原が来るのを祈るなんてことは出来ない。今、自分自身を助けられるのは自分だけだ。どうする。いや、答えは1つ。腹だ。とにかく腹を全力でぶん殴って怯ませるしかない。自分を助ける時間を、他でもない自分自身で掴み取るんだ。





 そうと決まれば即行動だ。再び衛星を使って飛び回った後、ヤツの正面に衛星を1個配置。そして、それを足場に宿禰で強化した足で全力で蹴り、跳躍。そして、10本の縄を全て右手に集中させ、最大強化。白い旧鼠の土手っ腹に最大火力の右ストレートをぶちかます。


「ゴボァッ!」

「しゃあッ!クリーンヒットォッ!」


 硬い。だが、拳が腹にめり込んだ感覚は確かにあった。これまでの攻撃とは違い、確実にダメージを与えたという確信を持てた。


「あと1分だ」

「OK。もう大丈夫だ」


 ヤツが呻いているうちに薬を打たねば。すぐに距離を取り、崩れた瓦礫の裏に身を潜める。鼠は嗅覚、聴覚が優れているためすぐにバレるだろうが、この際仕方ない。すぐに腕時計から医療セットを取り出し、瞬間治療薬を注入する。そして、アドレナリンと瞬間疲労回復薬も投与する。


「ふぅ。なんとか。なんとか間に合ったぁ…」

「お疲れ、ブラザー。でも、気は抜くなよ」

「わかってるよ。ウッ…」


 安堵していたのも束の間、壊れた内臓が再生される感覚に襲われる。凄まじい吐き気を伴うため、なかなか気持ちのいいものではない。こればかりは慣れないな。すぐにフルフェイスヘルメットのウィンドウを解放し、勢いのまま嘔吐する。この薬には代謝を促し、細胞分裂を促進する効果があるらしい。そのため、老廃物となった内臓だったものを吐き出さなければならない。真っ赤なヘドロだ。心底気分が悪い。


 だが、身体は不思議と軽くなった。すぐに効果が出るのはやはりありがたい。少しふらつきながらも立ち上がり、様子を伺う。



「用事は済んだか?」

「なッ!?」


 瓦礫から少しだけ顔を出すと、白い旧鼠が既にこちらに突進して来ていた。

「さぁ、第2ラウンドだ!」

「いいぜ!かかってきな!」


 白い旧鼠は拳を振り上げ、俺に向けて叩きつけるモーションに入った。すぐさま縄を真横に発射して回避行動を取る。すんでのところで身を翻すと、衝撃波によって床にクレーターが発生し、さらにそこに拳が降ってきた。二重の衝撃で砂埃が大量に舞い上がり、白い旧鼠を覆い隠した。非常にマズい状況だ。俺は旧鼠の動きを探知できないが、向こうは優れた感覚で俺の位置を完璧に捕捉できているはずだ。




 この際仕方ない。俺はストレージ付き腕時計から、戦闘服の代わりに入れていた私服と強化鉄骨を取り出した。そして、私服に戦闘服に付いていた旧鼠の血を拭って臭いを移して強化鉄骨に引っ掛けた。そして、インスタント・テレポーターを使ってその場を離れる。こんなちゃちなデコイに引っかかってくれることを祈るしかない。


 すると、すぐに衝撃波が囮に向かって発射された。金属がへしゃげる音と共に砂埃が晴れた。


「なっ!偽物ッ?ヤツは…」

「ここだ!バカネズミッ!」


 俺は左手6本、両足2本ずつの縄で武装し、白い旧鼠の真横からフックを放つ。拳は再びヤツの腹に直撃。利き手による打撃では無いものの、充分な火力だ。明らかに先程よりも肉質が柔らかくなっている気がする。


「うぐぅッ!!」

「ケッ!あんなちゃちなデコイに引っかかるなんてよ!やっぱ、所詮は図体がデケェだけのネズミじゃねえか!」



 白い旧鼠は蹲っている。今のうちに煽るだけ煽っておこう。怒りは正常な判断を困難にする。あの白い旧鼠の知能がどの程度のものなのかは分からないが、少なくとも並の人間くらいはある。ならば、判断を狂わせなければ、どんな手を使ってくるかわかったものじゃない。怒りに任せてエネルギーや信仰の力を使い果たしてくれれば、儲けもんだ。



 しかし、廻原はまだ来ないのか?回復のための時間稼ぎは俺一人でもどうにかなったが、アイツが居ないとトドメをさすのは難しい。打撃だけでは限界があるし、縄を使った攻撃も有効ではなさそうな相手だからだ。


 さらに言えば、頭蓋骨を殴ったときに、その打撃の衝撃を受け止めるために首が少し沈んだのだが、これを成すためには強靭な骨と筋肉が必要だ。つまり、縄で首を絞めても窒息をさせることは難しいということだ。まぁ、目視でも分かるが、アイツの首はかなり太い。打撃、絞首での殺害はできそうにない。



 だけど、よく考えたらアイツと別れてからまだ5分ほどしか経っていない。確かに、そんな短時間でザコを全て捌き切るなんていくらアイツでも無理な話か。仕方ない。もう少しソロで頑張るか。


「しみったれたこと考えてんじゃねぇよ、ブラザー。俺がいるだろ?」

「そうだったな。考えてること、お前に伝わってるんだった。じゃあ、2人で頑張りますか」



 トドメを刺せないなら、攻撃を封じる方向で進めよう。とにかく隙を与えず絶え間なく攻撃し続ければ良い。だったら、アレしかないな。


 俺は蹲っている白い旧鼠を複数の縄で捕縛し、ゆっくりと持ち上げた。そして全力で振り回し、壁に何度も叩きつける。


「悪ぃな!芸がないもんでよォ!またまた山嵐だァッ!」



 何度も叩きつけていると廻原から無線が入った。

「もう少しでそっちに行けそうだ!頑張ってやり過ごしてくれ!」

「了解!頼んだぜ!」


 希望が見えてきた。ようやくこの戦いに終止符を打てる。そう思えたら俄然やる気が湧いてくる。ヤツを叩きつける縄にさらに力がこもる。だが、そう上手くことは運ばないらしい。


「人間ッ、風情がッ!なめッ…やがッ…てェッ!」

「なッ!?」

「波ァァァッ!!!!」


 白い旧鼠は凄まじい気合いを放つと同時に全身から衝撃波を発した。ダメージが入るほどでは無いが、その迫力と衝撃で思わず縄が緩んでしまう。その一瞬の油断を突いて白い旧鼠は脱出し、壁を蹴って一気に俺に接近。そして、大口を開けて俺に食らいつこうとしている。


 俺はすぐに宿禰で足を強化して逃げようとしたが、旧鼠のスピードがそれを上回った。間に合わない。死を覚悟した。走馬灯は流れない。その代わりに、死ぬ前にラーメン食いたかったなぁとか、あの映画見たかったなぁとか、そんなくだらないことがよぎった。存外、俺という人間の価値はそんなものなのかもしれない。そう思った時だった。



「「させねーよ」」


 廻原の声が重なって聞こえたと同時に、金属と金属が激しく衝突したような音が響き、白い旧鼠が大きく吹っ飛んだ。


「「クソッ!仕留め損なったか!」」

「廻…原…」



 俺の目の前には2人の廻原が刀を持って立っていた。すぐに片方が霧のように消えてしまったが、確かにそこに廻原が立っている。


「よう!約束通り追い付いたぜ!」

「遅せぇよ、バカ」

「ヒーローは遅れてやってくるもの、そーだろ?」

「うっせぇ。でも、サンキューな」

「いいってことよ」



 一方、白い旧鼠は祭壇に手を付いて激しい過呼吸をしていた。その腹部は神々しく光り輝いている。


「なぁ、廻原。アレって…」

「うん。多分、信仰を吸収して回復してんな」

「あの祭壇がある限り、マトモに殺せないかもしれねぇな。アレ、ぶっ壊すか」

「賛成」




 白い旧鼠は呼吸を整え、血走った目で俺たちを見据える。

「人間が増えたところで、このワシを殺せると思っとるんか!?」

「ごちゃごちゃうるせぇな。テメェこそ用事は済んだか!?」

「なにィ?」


 俺は宿禰で再び手足を武装し、廻原は刀をしっかりと構えた。

「準備はいいか?」

「応よ!」

「行くぞッ!最終ラウンドだッ!!」

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