御影
「シャオラァッ!次ッ!」
「ヒュッッッッ!!」
「Fooooo!!!俺も負けてられねぇぜ!」
終わりの見えない迷宮に俺たちの気合いが反響する。その声にならない声が漏れる度、壁や床は赤い飛沫で染まっていく。傍から見たら地獄絵図だ。それでも、進まなければこの任務は終わらない。この状況を楽しんでるのはAIのBOBだけだ。普段は友人のように接しているが、こういう場面だとやはり機械なんだなということを痛感させられる。
ようやく、この区画の終わりが見えた。廻原が突き当たり付近で留まって旧鼠をバッタバッタと斬り伏せて行くのが見えてきた。
「多すぎンだろ!しゃーねー!『御影』ッ!」
廻原がそうボヤいた瞬間、廻原の隣にもう1人廻原が現れた。2人の廻原は左右に散って次々と旧鼠を両断していく。あまりにも奇怪で、あまりにも現実味のない光景を、俺はただ呆然と立ち尽くして眺めることしかできなかった。
旧鼠の残りが数体になったところで片方の廻原がスっと消えた。俺は我に返り廻原に加勢して旧鼠を殴り飛ばした。
ひとまず、この区画から旧鼠は消えた。荒い呼吸をゆっくりと整えてから、俺は廻原に尋ねた。
「なんだ、さっきの分身は?お前、あんな技使えたのかよ…」
「あー、『御影』ね。うーん、アレは分身であって分身じゃない。他でもない俺自身だ」
「え?どういうことだ?」
「うーん、説明がムズいな。ちょっと能力の使いすぎで頭が回らねーや。今度ゆっくり説明するけど、ちゃんと俺の能力の応用技だから安心してくれ」
少々モヤモヤするが、こればかりは本人の説明を待つしかない。今は諦めよう。しかし、俺はアイツの超能力をなんとなくは理解してるつもりだったが、まだまだ未知の領域があったようだ。アイツの能力を真っ先に見抜いた師匠ならどんなカラクリかもわかるはずだが、俺には見当もつかない。
そもそも、俺が抱いていた廻原の超能力に対する認識が正しいのかどうかすらも怪しくなってきた。今度、改めて後輩たちと一緒に廻原の超能力の説明を聞く必要がありそうだ。
廻原が戦闘服に内蔵された栄養ドリンクを吸っている間に、現在位置と時刻を確認する。八田駅からスタートした俺たちは、一気にナゴヤの1個手前の駅、亀島駅付近にたどり着いたようだ。それにまだ午前中。このペースなら最初の目的地、名古屋城駅の点検通路には午後2時から3時の間には到着出来そうだ。
「廻原、行けそうか?」
「おん。バッチシ回復したぜ。つっても、消費したのは超能力で使ったサイエネと副作用による体力の消耗だけだったし、よゆーよゆー」
「おめェ、アレだけ跳び回ってたのにすげぇな。ホントに人間か?」
「なーに言ってんだ。人間だよ。ホモ・サピエンスですよ。とにかく、さっさと行こーぜ」
相変わらず呑気な野郎だ。まぁ、それがコイツの良いところでもある。それでいて、誰よりも強く、なのに心の奥底では決して調子に乗らない。今も軽口叩いて調子に乗ってるように見えるが、あれは本心ではないと俺は知っている。いくら超人廻原といえど、あの距離をノンストップで跳ねて、走って、斬りまくればそれなりに体力は消耗してるはずだ。俺ほどではないだろうが。
そんなこんなで、バッサバッサと旧鼠たちを一掃していき、最初の目的地『名古屋城駅』の手前まで到着した。目の前の扉を開ければ監視カメラが壊れていた区域が広がっているはずだ。
「念には念を入れとくか。俺の偵察衛星をダクトから送り込んでみる」
「おん。頼んだわ」
早速ダクトの蓋を外してそこから偵察衛星を送り込んだ。映像を2人でタブレットを通して確認する。薄暗い通気口をゆっくりと進んで行き、ほんのりと光が見えてきた。蓋が付いているため、中に突入させることはできないが、少しだけ中の様子を伺えた。
「見たところ、さっきまでとあんま変わらないかな」
「だな。極端にデカい鼠とか色違いとかも居ないみたいだし。ハズレかな?」
「まぁ、すんげぇ奥に居るかもわからんし、気を付けながら進むしかねぇわな」
「そーねー。行きますか」
偵察衛星を回収し、俺は扉を開けた。なんてことはない。今までと同じような通路、同じような鼠。俺たちもまた同じような隊列を組みひた走る。ただ、少し違和感があるとすれば、旧鼠を殴ったときの感触が少し硬いということだろう。やはり、神域に近い場所であるだけに、それなりに力の影響を受けているのかもしれない。だが、問題なく殴り倒せる。廻原も難なく斬り伏せている。潜入前に言っていた、徳川の信仰を集めた相手なら余裕で斬れるという言葉の通りだ。
「ふぃー。これで監視カメラがぶっ壊れてた範囲の掃除は終わりかな」
「だなー。結局、ヤバそうな奴は居なかったな」
「でも、硬かった。やっぱ影響出てるんかね」
「俺は余裕のよっちゃんでしたよ。徳川は余裕なんすよ、この一胴七度ちゃんは」
「はいはい。じゃあ、一旦引き返して熱田神宮方面に行きますか」
「おけ。バイクで行こーぜ」
そう言うと、廻原はバイクを腕時計から呼び出した。早く乗れと言わんばかりに後ろの座面をトントン叩いているので俺も飛び乗る。
「はい、出発進行〜」
「安全運転で頼みますよ〜」
廻原は思い切りエンジンを吹かして急発進した。旧鼠の死体の間を縫うようにしてグングン進んでいく。これだけ不規則にバラバラと散らばっているのに、臆することなく、そして引っかかることなく走らせる。やはり、コイツの腕はかなり良い。
しばらく走ると扉が見えてきた。閉まっているのだが、廻原はバイクを止める気配がない。まさか、俺に開けろということなのか?まぁ、やるしかない。
衛星を1機展開し、そこに俺の縄をくくりつける。そして、衛星を素早く扉に向けて放つ。俺の縄の有効射程は30mだが、これは飽くまで操作可能な距離だ。それ以上伸ばすことはできる。そして、俺の衛星の有効射程は1.5km。つまり、衛星に縄をくくりつければ、縄の有効射程を実質的に伸ばすことが可能なのだ。
衛星を上手いこと操作して、縄をドアノブに引っ掛けてドアを開けることに成功した。高速で動くバイクの上でこれを行うのはなかなか難しいが、なんとかできるものだな。これを繰り返していけば問題無いだろう。
「さすが、コースケだ!言わなくても、俺が求めてる仕事を完璧にこなしてくれる!」
「何年一緒にいると思ってんだ?しっかし、無茶なことばっか要求しやがってよ」
「まー、良いじゃないの!このままぶっ飛ばして行くぜ!」
そして、あっという間に熱田神宮西駅に到着した。この扉の先に監視カメラが壊れた空間が広がっている。俺はもう一度偵察衛星をダクトに送り込んだ。
「さーて、ここに旧鼠さんのボスは居るんですかね〜」
「そもそも、そんなもの居ない可能性もあるけどな。お、見えてきたぞ」
扉の向こうの空間は今までとは明らかに違った姿をしている。壁のコンクリがところどころ破壊され、岩肌がむき出しになっている。さらに、旧鼠が一定の間隔で正座して並んでいる異様な光景が飛び込んできた。
「こりゃあ…居るよな、間違いなく」
「居るね。ボスが」
さらに奥にダクトが続いていたため、カメラを進めてみることにした。次の排気口からは祭壇が見えた。さらに、その他前には屏風があり、他の旧鼠よりもはるかに大きく、そして真っ白な鼠が鎮座していた。
「間違い無ェな。コイツが親玉だ」
「とうとう出たね…」
「しかし、デカいな。しかも、神々しいほどに真っ白な毛をしてやがる」
俺たちが呆気に取られていたそのときだった。真っ白な旧鼠はおもむろに立ち上がり、排気口を指さして叫んだ。
『きさま!見ているなッ!』
「なっ!なにーーーーーーッ!?」
すると、突如として画面にノイズが走り初め、小さな爆発音と共に画面が暗転した。
「あンの野郎ッ!こうやってカメラ破壊してやがったのか!ふざけやがって!」
「こいつは強敵だな。念力か?」
「かもな。ある種の神通力か、それとも気合いか。わからんが、ヤバい相手であることは間違いない」
「怖いね〜。でも行くっきゃないな」
「あぁ。だが、それより、アレックにキレられそうで、そっちの方が怖いわ。初の実戦導入で壊したんだから、アイツめちゃくちゃキレそう」
「たしかに」
「あのクソネズミ、絶対ェ許さん!」
俺は、バンッ!と勢いよくドアを開けて叫んだ。
「おう、ゴラァ!クソネズミども!年貢の納め時じゃあ!」
「来たか、人間!我らの養分にしてくれるわ!野郎共!かかれェェェェェェ!」
白旧鼠の掛け声と共に大量の旧鼠が飛びかかってきた。四方八方からの攻撃。タンカを切って乗り込んだは良いものの予想以上の物量にやや圧倒される。だが、
「ここは、俺たちに任せてもらおーか」
「廻原!?」
「行くぜ!御影ッ!」
俺の1歩前に出た廻原がそう叫んだ途端、廻原の隣にもう1人の廻原が現れた。2人の廻原は流れるように刀を抜き、押し寄せる旧鼠の波を次々と捌いて行く。
「コースケは先にあの親玉をシバキに行け!」
「悪ぃ!背中は任せた!」
「任された!俺もすぐに行く!」
俺も宿禰で武装し、出遅れて襲いかかってくる旧鼠たちをワンパンで沈めながら白旧鼠のもとに走る。BOBの援護射撃により道はある程度拓けているが、先に進むのにかなり骨が折れる。一匹ずつワンパンしてるようでは埒が明かない。
廻原とは…うん。距離は取れたな。これなら問題無い。俺は一本の縄を近くに居た旧鼠に巻き付けて持ち上げた。久々にあの技を使う時が来たようだ。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!伍式ッ!山嵐ィ!」
旧鼠を振り回し、旧鼠を屠る。格段に効率が良くなった。どんどん敵が掃けていく。使い物にならなくなったら捨てて、別の生きた個体を捕まえて、また振り回す。走りながらの山嵐はかなり身体にクるものがあるが、耐えながら突き進む。
「ほう、人間にしてはなかなか野蛮な攻撃をするのだな。少々驚いたぞ」
「そりゃあどうも」
「それじゃあ、そろそろワシ自ら出るとするか、なッ!」
一通り旧鼠が掃けたところで白旧鼠が祭壇から跳び、俺の目の前に着地した。すかさず持っていた旧鼠を白旧鼠の頭にぶつける。しかし、旧鼠の身体が砕けただけで、白旧鼠は全くの無傷だった。
「穢わらしい。美しいワシの毛皮が汚れてしまったじゃあないか」
「うっせぇ、ドブネズミ!もともと汚ぇだろうがッ!」
縄を引っ込めて体勢を立て直し、すぐにボディブローを叩き込む。だが、先程までとは比べられないほどその肌は硬い。いや、厳密に言えば肌そのものは柔らかいのだが、分厚い筋肉なのか、あるいは脂肪なのか、そのせいで全くダメージが通った気配がない。
「ふんッ!効かんわぁッ!」
瞬間、白旧鼠は俺に殴る動作を見せた。そう、見せただけなのだ。拳が当たらなかったはずなのに、俺は強い衝撃を受けて後方へ吹っ飛ぶ。恐らく、さっき俺の衛星を破壊したときの神通力のようなものだろう。口の中が錆臭い。だが、意識を飛ばす訳には行かない。グッと堪えて衛星を1機飛ばして宙に固定し、そこに縄を引っ掛けてブレーキをかける。そして、ただブレーキをかけるだけでなく、遠心力、コリオリ力、その他諸々の力を利用して方向転換しつつ加速。白旧鼠の土手っ腹に飛び蹴りを喰らわせる。鈍い衝撃音と共に白旧鼠は大きく後ずさった。
「少しはやるようだな、人間…」
「ケッ…ゴブッ…そっちこそ、な…」




