巣窟
退院してからの2週間、俺と廻原は再び修行に励んだ。戦闘技術の向上や必殺技の研鑽だけでなく、基礎的な体力や筋力の向上も行った。朝5時に起き1時間のランニング。朝食や家事を簡単に済ませてからは師匠が作ったトレーニングルームで筋トレ。そして裏山の登山道をダッシュで往復、これらを毎日繰り返した。これを済ましてからの戦闘訓練は血反吐を吐きそうなほど辛いものだが、確実に力が着いていることは実感できた。
そして、いよいよ明日謹慎が明けるという日に事件は起きた。いつものように早朝ランニングから帰ると駐車場に見覚えのある車が停まっていた。
「なぁ、廻原、この車もしかして…」
「間違いねーな」
嫌な予感がしながら玄関の扉をガラリと開けると、その姿を確認するよりも前にバカでかい声が降り掛かってきた。
「や〜っと帰ってきおったか!このバカ弟子ども!」
「げぇっ!師匠!」
「なんでここに…」
────2人の目の前に立っている黒い和服を身にまとった長身の老人は宮本将司71歳、2人の師匠である。この歳でも現役の怪防隊の隊員で、怪防隊最高幹部である地方統括司令官、通称ペンタゴンの一員として活動している。また、人類最強の男と呼ばれているトップクラスの実力者でもある─────
「師匠、忙しいはずじゃ…」
「お前らがヘマして謹慎したって早川から聞いたからどうにか時間を捻出して来てやったんじゃよ。ギリギリになっちまったがな」
立ち話もアレなので、とりあえず家に上がり汗の始末をしてからリビングに腰を下ろした。
「だいたい話は聞いとる。公介、お前さんは後輩がぶっ飛ばされたとき、よく安全確認もせずに飛び出しお前もぶっ飛ばされて気絶」
「…はい」
「で、洞窟に入る前にそこが神域であること、そして敵が信仰吸収状態であることを見抜けなかった」
「おっしゃる通りです…」
「ふぅ……」
「こんポンツクがァ!!」
「ヒッ!」
「なしてそげな初歩の初歩もできんのだ!よう教えたじゃろ、仲間がやられたら自分の安全を確保してから仲間の安全を確保すること、敵陣地に立ち入る前は状況を正確に分析すること!軽率な行動が全滅する危機に瀕することが何故わからんのだ!」
「返す言葉もございません…」
「全く…お前は冷静なら分析は得意なんだから、もっとメンタルを鍛えろ。すぐにカッとなるな。ワシが言えたことじゃないがな」
「はい…」
「お前もだ、巡!」
「は、はい…」
「お前も信仰吸収状態を見抜けず、相手に見合った武器や戦術を使わず、ぶっ飛ばされて気絶、その後起き上がるも疲弊して結局は後輩1人に全ての戦闘を任せた。違うか!?」
「そ、その通りでございます…」
「お前はもっと状況を読む力をつけろとあれほど言っただろう!研究熱心なのは知っとるがそれを実戦で活かせなければ意味が無い。まずは自分自身の力量をよく見極めろ」
「わかりました…」
図星を突かれまくる説教をかまされてしまった。師匠はそういう説教が得意技だ。なかなかメンタルに来るもののタメになるからありがたい。
「全く。要は2人とも冷静さをキープして周りをよく見ろってことじゃな。それで謹慎になったはずなのに、なんでお前らは体力的なトレーニングをしとった?」
「え、いや、体が鈍るし、この謹慎中にもっと強くなりたかったからですけど…」
「そーですね。あのイエティとの戦いで掴めたものもあったのでそれを形にしたいと思ってたってのもありますし」
「ほう、まぁ良い。じゃあ、2人とも1ヶ月前より強くなったってことじゃな?」
「ええ、まぁ、多分」
「うーん、そーだと思います」
「そこは自信もって『はいッ!』って言えよ。まぁ良い。とりあえずその成果を見せてもらおうかの。着いて来い」
師匠に着いていき、外に停めてあった師匠のスポーツカーに乗り込む。
「いったいどこに行こうってんです?」
「それは着いてからのお楽しみじゃ。時間が無いからぶっ飛ばすぞ。しっかり捕まっとれ」
時間が無い?どういうことだろうかと思っていると、師匠がハンドルに付いたボタンをパチパチと操作する。
「反重力システム起動。浮遊シマス。自動運転モード起動。目的地設定完了。発車シマス」
車が浮かび上がり凄まじいスピードで急発進した。強烈なGで身動きが取れなくなる。そんな負荷に耐えること約10分、目的地に近づいたのか車は徐々に減速し始める。
「し、師匠、ここどこですか?」
「あ?わからんのか?」
「わかりませんよ…」
「速度、飛行時間、出発した方角でなんとなく察してるもんだと思っとったんじゃがな。それくらい計算できるようにならんか、ポンツク」
「小言はいいから質問に答えてくださいよ…」
「全く…ナゴヤじゃよ。ナゴヤ」
ナゴヤ?なんでまたこんなところに。トーキョーやオーサカに次ぐ大陸でも有数の大都市に何があるのだろうか。
師匠は自動運転モードを切り自分で運転を開始する。そして閑静な住宅街まで移動してコインパーキングに駐車した。
「もう少しじゃ。着いて来なさい」
俺たちは黙って師匠に着いていく。なんてことはない、普通の平和な住宅地だ。コンビニやドラッグストア、店もそれなりに充実している。美味そうな匂いのするラーメン屋もあった。用事が終わったら行ってみようか。そんなことを考えていると地下鉄の駅の入口に到着した。長い長い階段を降りていく。エスカレーターは何故か登りしかないため、地道に降りていくしかない。
階段を降り切ると広い改札階に出た。店なんてものもなく、券売機と駅員さんが常駐してる窓口しかない。師匠はまっすぐと駅員さんに近付く。
「よう。話は聞いとる。入ってええかの?」
「はい。お願いいたします」
すると、切符も無しに改札を通して貰え、突き当たりにある従業員扉に差し掛かった。師匠はゆっくりと扉を少しだけ開け、中の様子を伺う。ここが目的地なのだろう。何が待ち受けているのか見当もつかない。
「大丈夫じゃな。お前らも入りなさい」
中に恐る恐る入ると、拍子抜けするほどなんてことは無いただの廊下だった。改札階より少し明るい気がする。俺はいい加減ガマンできなくなり師匠を問いただすことにした。
「師匠、いい加減教えては貰えませんか?俺たちに何をさせようとしてるんです?」
「そうじゃな。ここまでくればええじゃろ。お前らには修行の成果を見せてもらうための最終試験に挑んでもらう」
「いや、それはわかるんですよ」
「まぁ聞け。お前らには怪異『旧鼠』を討伐してもらう。相手の数は不明。じゃが、少なくとも100体は超えていると予想されとる」
「「100体!?」」
「お前らの謹慎が明け、正式に任務に復帰する前、つまり明日の朝までにナゴヤ地下鉄に蔓延る旧鼠を全滅させよ!以上!詳しくは資料を確認せい!」
抗議する間もなく資料が端末に送信された。とりあえず開いてみると恐ろしいことが書かれていた。
「対象範囲、ナゴヤ地下鉄点検通路全域…一般人に知られないように対象を駆除せよ…正気ですか?」
「ワシは至って正気じゃよ。あ、もちろんワシ手伝わんからな」
「はぁ!?」
「そりゃないですよ、師匠!」
「当たり前じゃろ?それじゃ試験にならん。安心せい、骨は拾ってやるわい」
「というか、我々は謹慎中、任務はできませんよ。大丈夫なんですか?」
すると、師匠は不敵な笑みを浮かべて答えた。
「舐めんじゃねぇよ。ワシを誰と心得る。怪防隊最高幹部、ペンタゴンぞ。いくらでも揉み消せるわい」
「職権乱用じゃねーか!」
さらに資料をよく見るとあることに気付いた。
「それに、この任務、もともと『懐刀』の皆さんで2日間かけて行う案件じゃないですか。4人で行う任務を2人で!?しかも1日で!?無理ですよ!」
師匠はシワだらけの眉間にさらにシワを寄せて怒鳴る。
「ごちゃごちゃうるせぇな!『やれる』、『やれない』なんて話はしてねぇんだよ!『やる』ンだよ!文句言わずにさっさと行かんか!時間は有限なんじゃからな!」
「りょ、了解!」
「行きまーすッ!」
あまりの剣幕に気圧されて俺たちは小走りで出発した。流石におこらせてしまったか。だが、あんな条件を提示されれば誰だって文句の一つや二つ言いたくなるものだ。
「なぁ、師匠が俺たちのところに来れたのってもしかして…」
「多分、『懐刀』の人たちに自分の仕事を押し付けて来たんだろうな。俺たちがこっちに来ることになってあの人たちの手が空いたから」
「俺たちが謹慎になっちまったばかりになぁ、申し訳ないな」
しばらく歩くとまた扉があった。この先に旧鼠がいるかもしれない。扉を開ける前に色々準備をしなければならない。
資料に添付されていた地下鉄の見取り図をBOBにダウンロードさせ、いつでもICLデバイスで確認できるようにセット。さらに、ICLデバイスをサーモグラフィーカメラを使えるようにし、探知を容易にする。そして、ペンタゴンの権限で監視カメラの映像もデバイスや廻原のスマホを通じて見れるようにした。
「お、映った映った……え?」
「コースケ、どした?」
「なんか、デカくね?」
監視カメラの映像には衝撃的なモノが映っていた。天井に届きそうな程巨大なネズミの姿が。それも、うじゃうじゃと。




