不穏な影
翌日の昼、再検査の結果を待っている間に病室で寛いでいると、扉がガラリと開いて男が入ってきた。
「よー。来てやったぜ」
「おぉ、廻原か。わざわざ悪いな」
廻原はドカりと丸椅子に腰を下ろし、手土産の袋を机に置いた。
「で、どーなのよ、体調は。退院出来そうか?」
「今結果待ちだけど、なんともなければ今日退院。まぁ、先生の話だと十中八九モーマンタイらしいけどな」
「なら良かったよ。にしてもビビったぜ、アレックから電話もらった時はよ」
「心配かけて悪かったな」
「良いってことよ。お前が無事ならそれでいい」
廻原はおもむろに机に置いた袋からバナナを1本取り出し、もしゃもしゃと食べ始めた。いや、お前が食うのかよ。
「実はな、アレックから話を聞いた時、俺もえれぇ頭痛に見舞われてよ」
「ほ、本当か!?」
「ああ。まーぶっ倒れる程のもんじゃねぇけどな。5分くらいで治まったし。んで、頭痛が引いた頃に、俺もアレの記憶を取り戻したのよ」
「やっぱお前も記憶喪失になってたのかぁ」
「『やっぱ』って、わかってたのか?」
俺はボリボリと頭を掻きながら説明する。
「記憶を取り戻した後、ちょっと考えてたんよ。なんでお互いフタバ重工、フタバグループについて言及して来なかったのか。安倍清行というビッグネームを聞いても、会っても、俺たちは何の反応も示さなかったのか」
「あ〜、なるほどね」
「そう。少なくともお前の記憶が正常なら『フタバ重工に探りを入れてみないか』って提案したり、『今のってフタバグループの安倍清行だよな?』って確認して来るはずだ。俺がなんも反応しなければ、お前なら絶対そうするはずだからな。違うか?」
廻原はもう1本バナナを剥きながら虚空を見つめる。
「確かにな。お前のご両親の死の真相は絶対に暴かなきゃいけないって俺も思ってた訳だし。記憶があったなら絶対声掛けてたわ」
「そう。だから、ここで2つの可能性が浮かび上がる。1つはお前が俺の記憶を消した張本人で、フタバグループや安倍を庇おうとしてたってこと。考えられる最悪の可能性だわな。まぁ、お前の超能力はそんなんじゃないし、それなら俺を殺した方が早いからそれは無い。お前ならいつでもそのチャンスがあるからな」
「おいおい、一瞬でも疑ったのかよ」
「すまんな。でも、そんな可能性だって有り得るからな。悪く思うなよ。んで、もう1つの可能性が、お互い記憶喪失になってたってこと。これが正解だったってわけ」
ひと段落したところで俺はお茶を啜り、廻原が持ってきたバナナを手に取る。よく熟れたバナナだ。黒点が天の川のように美しく現れているし、剥く前から甘い香りが漂っている。
「で、重要なのはここから。誰が、いつ俺たちの記憶を消したか、だ」
「誰が、ねぇ。この超能力だか発明品だか知らねーが、少なくとも発動には一定の条件が必要だな。しかもかなりキツい能力だからそれなりの条件」
「だな。仮に超能力だとして、記憶を取り戻した反動で気絶するくらいのものとなると、発動条件は『一定時間触れる』だろうな」
────超能力。これは決して万能なものでは無い。超能力の正確な正体は判明していないが、体内で生成される未知のエネルギーによるものだとされている。これはサイキック・エネルギー、通称サイエネと呼ばれている。今回のように、相手の状態を変化させるような能力の場合、直接相手の体にサイエネを流し込むことによってその効果が発揮される─────
「まーそうだよな。それだけのモノだと一瞬触れる程度で流し込まれるサイエネだと記憶は消せねぇわな。長めの握手とか、殴り合いとか、過度なスキンシップとか、そういうことでもしねぇと無理か」
「うん。だとするとチャンスも、出来る人間も限られてくる」
「あまり考えたくはねーが、これが答えなのか…」
考えられる最悪の可能性。絶対にあってはならない事実。だが、状況を考えるにこれしか有り得ない。
「あぁ。間違いない。フタバグループと組んでいる人間、そして俺たちの記憶を消した犯人は…」
「くっ…」
「怪防隊内部の人間、だろうな。それも、俺たちと確実に面識があり、会ったこともある人間。完全に身内の犯行だ」
─────怪防隊の任務は基本的に単独任務か、2人〜5人程度の小さなグループで行う任務がほとんどだ。それもグループのメンバーもだいたい固定されている。そして、任務以外での隊員同士の交流は希薄だ。休日も被ることは少ないし、基地でもグループメンバー以外と会話をすることは多くない。つまり、ほとんどの隊員の場合、怪防隊のごく限られた面子としか関わりがないのだ。普通ならすぐに犯人を特定できる環境である。だが、この2人に関しては事情が違った──────
廻原は大きく肩を落としてため息をつく。
「はぁ〜〜〜〜、やっぱそうなるよな〜」
「あぁ。だけど、俺たちは師匠のおかげで他の同期に比べれば顔が広い方だ。縦にも横にもな。だから、幸か不幸か容疑者は多い。それに、怪防大学時代にやられた可能性も捨てきれないしな」
「あとはいつ記憶を消されたか明確に分かれば誰が犯人か特定できるんだけどな。その辺どーなんだ?」
「それが全く。最初から何事も無かったかのように記憶が戻って来ちまってるからな。幼少期の記憶と高3の時の一部の記憶を消されたから生活に支障は無かった訳だし。入隊した後は忙しくてフタバグループについて調べる余裕も無かったし」
そう話した後、2人で大きくため息をつく。要は犯人は怪防隊内部の人間なのだろうが、具体的な人物に関しては皆目見当もつかないということだ。知り合いが比較的多いことの弊害がこんな形で出てくるとは思わなかった。
「犯人が分からん以上、油断出来ねぇな。超能力による攻撃だったら、犯人は俺たちの記憶が戻ったことに勘づいているだろ」
「全くだ。記憶消去はもう通じないとも考えるだろうから、下手に動けば殺されちまう」
「だからと言って引き下がる気は無い。だけど、しばらくは様子見だな」
「それしかねーな」
そして、あの2人のことがよぎる。俺たちと一緒にいたあの2人が。
「廻原、あの2人はどうする?多分犯人ではないけど」
「あー、後輩ちゃんズね。うーん、どうしたものかね…」
「…そろそろ、頃合かもな。俺たちの過去も含めて全部話す時期が来たかもしれねぇ。怪防隊の中に裏切り者がいるかもしれないって伝えるにはそれしかないだろ」
「俺らといる限り、裏切り者に襲われる可能性が付きまとう訳だし、それしかねーな。前にも確認したけど、いつかは必ず話さなきゃいけなかった訳だし、それが少し早まっただけか」
「だな。俺たちが復帰して、そんで、プライベートの時間がみんなで取れそうな時にでも話をするかね」
「そーするか」
そんな事を話してる間に結果が出たそうなので俺は診察室へ向かった。診察室に入り腰を下ろすと先生はモニターを険しい顔で見つめながら答えた。
「えー、武縄さんね、はい、異常無しですね。不気味な程にね」
「…と言いますと?」
「病気でも無いのに気絶を伴う程の激しい頭痛、そして記憶障害ともなると、原因は超能力や何かしらの機械による影響なんですよ。そうなると必ず痕跡が残る第三者由来のサイエネが残るとかね。でもね、無いんですよ」
「それはどういう?」
先生は一呼吸してから答えた。
「自然に超能力が解除されたのではなく、誰かが意図的に解除した可能性が高いということです。武縄さん以外のサイエネをこれ程きれいさっぱり無くすということは、武縄さんの記憶が戻りかけてる事を検知した超能力者が痕跡を消すために自ら解除したと考えられますね。自然に解除されれば多少はサイエネが残りますし、人物の特定もできるかもしれませんから」
「しかし先生、そんなことができるものなんですか?サイエネを完全に消すなんて」
「余程の手練なら或いは、といったところですね。理論上は可能ですが、そんな超能力者は見たことがない。どれだけサイエネの扱いが上手くても完全に消すなんて、白い服についたぶどうの果汁を水だけで落とすようなもんですよ」
よく分からない例えだが、つまりは不可能に近いってことだろう。
「武縄さん、どうします?警察に被害届出しますか?それとも、怪防隊で公式的に犯人探しとかします?」
「いえ、少し思うところがあるのでやめておきます。おそらく、私1人だけの問題ではないし、下手に動けば関わった人間全員が消されるかもしれません。もちろん、先生、あなたもね」
「えっ?」
「なので、先生。このことはくれぐれもご内密に。院内でも箝口令を敷いて頂けると助かります」
「そ、そんな無茶な…」
「頼みますよ、先生。代わりと言っちゃアレですが…」
俺はカバンから小切手の束を取り出し、それを先生に握らせた。
「な、なんですか!?」
「これで、ね?適当な額で構いませんから」
「~~~ッ!わ、分かりました。と、ともかく退院してくださっても大丈夫です。念の為、痛み止め出しておきますね」
「すみません。ありがとうございました」
「はい、お大事に」
診察室を出ると廻原が待ち構えていた。険しい顔をしている。どうやら盗み聞きしていたらしい。
「お前なー、あんまバンバン使うもんじゃねーぞ。税金なんだぜ、税金」
「わーってるよ。でも、こんくらいしとかんと言いふらす奴が出てくるだろ。とにかく、帰って修行再開だ。今は強くなること、これが最優先事項」
「あぁ、そうだな。行くか」
大変お待たせ致しました。約2ヶ月ぶりの更新です。大学が再開し、そして就活も始まった影響でなかなか執筆する時間が取れずにいました。風邪もひいてしまいましたし。ご迷惑おかけして申し訳ございませんでした。
これ以降も不定期での更新となります。月1で更新できればいいかなと思っております。これからも何卒よろしくお願いいたします。




