洞窟にて
念の為、洞窟周辺にイエティが居ないか見回りをしてきた先輩が帰ってきた。
「どうでしたか?」
「いや、いなかったよ。ここに向かう以外の足跡もないから、多分まだあの中にいるんじゃあないか?」
「じゃあ突入するってことでいいっスか?」
「それしかないな。廻原、お前はどう思う?」
「いいんじゃね?どのみち戦わないといけねーわけだし。ラクパさんには簡易休憩室で待っててもらおうか」
「では、そうさせていただきます。どうか、みなさん、お気をつけて」
ラクパさんは入口付近に簡易休憩室を設置して、その中に籠った。先輩方やマイちゃんも、いつでも戦闘に入れるように武器を取り出している。アタシは素手で戦うスタイルだから、この身ひとつあれば十分だ。
「よし、突入だ。冬美と真衣が基本的にメインとなって戦闘、俺と廻原がそのサポートを行う、それでいいんだな?」
「もちろんッス。任せてください」
「わかった。行くぞ」
アタシたちはインスタント照明を自分の周囲に漂わせて明かりを確保し、洞窟に侵入した。
洞窟の天井は驚くほど高かった。目測だけど、5、6メートルはあると思う。イエティが屈まなくても歩ける高さになっているのかもしれない。足元はとても悪い。少し湿っていて、ゴツゴツとした荒い岩肌でとても歩きづらい。イエティはこんなところを素足で歩いているんだろう。痛くないはないのだろうか。
インスタント照明のおかげで視界は確保出来ているが、洞窟の先は真っ暗で何も見えない。どこまで続いているのだろうか。それに、この暗さならいきなりイエティがにゅっと出てきてもおかしくない。気が引き締まる。それはきっと、先輩方やマイちゃんも同じはずだ。
すると、後ろを歩いていた武縄先輩が急に立ち止まった。そして、しゃがんで壁際を睨みはじめた。
「武縄先輩、どうしたンスか?」
「見ろ、動物の糞だ。それもかなりデカい。形状的におそらく類人猿だろう。イエティのものかもしれない」
そして、武縄先輩はおもむろに手袋を外して糞に手をかざした。
「ちょっと、先輩、何してるんスか!?ばっちいッスよ!」
「別に直で触ってる訳じゃあねぇんだから良いだろ。この距離でもまだほんのり温かい。つまり、まだこの近くにイエティがいるってことさ」
その場の全員に緊張が走った。武縄先輩は立ち上がり、再び手袋をはめ直す。
「ここからはさらに気を引き締めて行くぞ。いつヤツが出てくるかわからん」
「りょーかい。後輩ちゃんズ、しっかり気合い入れていこう」
「はいッ!」
「了解です!」
さらにしばらく歩き続けると、大きな広間のような場所にたどり着いた。天井に穴が空いているようで一筋の光が差し込んできている。どうやら、ここが行き止まりみたいだ。ということは・・・
「ここにイエティが・・・」
「でも居ねぇな・・・」
「みんな気をつけろよ・・・、どっから来るかわかったもんじゃねーからな」
みんなで警戒しながら辺りを見回す。だが、そのとき、一瞬大きな影が横切り、大きな衝撃音とともにマイちゃんが吹き飛ばされた!
「ひゃっ!!」
再び大きな衝撃音が鳴り響いて土煙が立つ。マイちゃんは壁に叩きつけられたようだ。
「マイちゃんッ!大丈夫ッ!?」
「待て!冬美!俺が行くからお前は戦闘態勢をヌオッ!」
今度は助けに行こうとした武縄先輩も弾き飛ばされてしまった。ほんの一瞬影が横切っただけで、下手人の姿は確認出来なかった。先輩は呻き声を上げている。
「先輩ッ!」
「まずいぞ、フユミちゃん!こうなったら俺ら2人でやるしかねーな」
それは、暗闇から姿を現した。もう奇襲は通用しないと判断したのだろう。ゆっくりと歩いて近づいてくる。そして、光が当たりハッキリと姿を視認する。間違いない、これがイエティ。大きく、茶色い身体をしてる。手は全体的に長い。そして、背丈は3mはありそうだ。そして、大きく息を吸い込んだかと思うと口を開けた。
「グルオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
大きな叫び声が洞窟中に響き渡る。鼓膜が破れそうだ。幾重にも反射して頭がグワングワンとして割れそうだ。ようやく収まったかと思うと、イエティはアタシに攻撃を仕掛けてきた。リーチの長い太く逞しい腕での力任せのパンチ。いくら速くてもモーションは丸見えだ。受け流すのは容易い。斜め前、イエティの身体に対して外側に足を踏み出し距離を詰めつつ、身体の向きを変えて拳を避ける。そして、手に硫酸を纏わせてイエティの足に突きを繰り出す。「内受け」、少林寺拳法の基本的な動きだ。修行を始めた頃、おじいちゃんに何度も教わった基本的な技。
しかし、拳がクリーンヒットしたのも関わらず、ダメージがほとんど入っていない。毛が動物とは思えないほど堅い。鎧のようだ。硫酸で溶かしたものの、分厚い毛を貫通して殴るには同じ場所を何度も攻撃しないとダメだろう。
横っ飛びしてイエティから距離をとる。下手に連撃すればカウンターを喰らうのは必至だから。アタシに続いて廻原先輩が刀を抜いてイエティに向かって行った。廻原先輩によると、今回は捕獲目的だから妖刀ではなく普通の刀を使うらしい。
「フユミちゃんの道は俺が斬り開く!俺に続けよ!」
「了解ッス!」
「一点集中ッ!八創斬りッ!」
そう叫んだ先輩はイエティの足、さっきアタシが攻撃を当てたところに斬りかかる。だけど・・・
「チクショー!堅くて刀が弾かれる!マトモに刃が通らねぇッ!」
薄らと斬られた毛がパラパラと散ったが素肌はまだ露出されない。廻原先輩も一度距離を取る。
「スマン、フユミちゃん。この刀じゃムリだ」
「大丈夫ッス!お気持ちだけいただきます」
そんな一瞬の会話の隙もイエティは見逃さなかった。イエティは恐ろしい速さで距離を詰めて来た。その巨体からは想像出来ない瞬発力だ。廻原先輩目掛けてパンチを繰り出す。
「野郎ッ!」
廻原先輩は刀で拳を受け止めて、インパクトの瞬間に宙返りをして攻撃を受け流す。だが、それを見抜いたのか、イエティはもう片方の手で廻原先輩を横から叩いた。先輩は声にならない呻き声を上げて吹っ飛ばされた。
「先輩ッ!」
「ゲフッ・・・だ、大丈夫・・・受身は間に合っ・・・た・・・から・・・すぐ・・・戻る・・・から・・・死ぬな・・・それまで・・・」
今はよそ見をしていられない。先輩の様子はわからないが、とりあえず意識はある。すぐ死ぬことはないはずだ。他の2人も気になるけど、やるしかない。先輩方を、そして親友をぶっ飛ばしたアイツを、アタシは許さない。
全員を必ず生きて帰すために、イエティを!倒すッ!




