エベレスト探索:1日目
先程の足跡の地点からさらに歩き、ようやく次の目撃地点に到着した。40分近く歩いたはずだ。いくら訓練を積んでいるとはいえ、いくら高山病にならない万能戦闘服を着ているとはいえ、このエベレストを歩き回るというのは想像以上に苦しい。それでも、汗ひとつかかず、息もほとんど切れていないラクパさんはやはりすごい人だ。
「3日前、私はここにイエティが居たのを目撃しました。見えますか?あそこにある山小屋。あそこの掃除をしていたら窓からイエティが見えたんです」
ラクパさんが指さした方を見ると、たしかに建物が見える。山小屋と聞いて、木造のロッジみたいなものを想像していたが、鉄筋コンクリートの近代的な建物に見える。
「あれが山小屋ですか。随分と立派な建物なんですね」
「えぇ、30年前に改築されたものと聞いております。山小屋といっても、今は一般の登山客は入れないので、研究にやってきた科学者の宿泊施設、そして研究拠点として機能しています。そういった施設がこのエベレストに点在しています」
さて、足跡は・・・消えている。当然か。3日前なら雪が降ったり、溶けたりすれば消えてしまう。だが、足跡以外に何か痕跡はないかじっくり探してみる。例えば、糞や毛などだ。
毛のようなものはまばらに落ちていた。茶色く硬い毛だ。少なくとも人間の毛髪でなさそうなものだ。だが、このような小さなものを探しながら追跡するのはまず不可能だろう。
「ここもダメですね。次のポイントに・・・。みなさん、お疲れのようですね」
「いや、すみません。山は慣れないもので・・・」
「いえいえ、最初はみなさんそうです。なにしろ、ここはエベレストですから。普通の山とはわけが違います。あそこの山小屋で休憩しましょうか。今いるところがどう見えるか皆さんにも確認して欲しいですし」
「では、お言葉に甘えて・・・」
少しだけ山を登り、山小屋にたどり着いた。息を切らしながら中に入れてもらう。今は研究者は居ないようで、中は無人だった。さっき、俺たちがいた地点は1階にあるダイニングの窓から見ることができた。傾斜の上から見下ろす形になる。多少離れているが、人間や他の動物とイエティを見間違えることはまず無いだろう。
ラクパさんが温かいココアを淹れて来てくれた。
「よかったら、どうぞ」
「あぁ、ありがとうございます。ところで、ラクパさんがイエティをここから目撃したのは何時くらいですか?」
「そうですねぇ。だいたい14時過ぎだったかと。その日は晴れてたので見間違いではないと思います」
「見つけた後、どうしましたか?隠れましたか?」
「そりゃ、怖かったので隠れましたよ。いくら山小屋の中とはいえ、見つかったら何をされるかわかりませんから」
「ですよねぇ・・・」
ぼんやりと窓の外を眺める。今までの事件のようにひょっこりとイエティが現れてはくれないだろうか。そう思ってみるが、人生というのはそう上手くは行かないものだ。
ココアを飲み終え、ある程度体力も回復した。日没までまだもう少し時間がある。時間の許す限り、探索を続けることにした。
「では、みなさん、行きましょうか。空が少し曇ってきたので、荒れ始めたら中断しましょう」
「了解です」
俺たちは再びラクパさんを先頭に歩き始めた。次のポイントはそこまで遠くないらしい。歩いているうちに雪が少しチラついてきたが、これくらいならまだ大丈夫らしい。吹雪いたりして視界が確保できなくなったら終了となる。
そうなる前に、何とか次のポイントにやって来れた。ラクパさんが説明をする。
「ここは、2日前にイエティが目撃された地点です。目撃した隊員はイエティに気付かれる前に逃げ帰ってきました。なので、その後イエティがどこに行ったのかはわかりません」
「なるほど、分かりました」
ここにも足跡は残されていた。だが、やはり消えかかっている。それでも、イエティがどれほどの巨体を持っているのか、それだけはハッキリと伝わってくる。ほとんど残っていない痕跡、それでもわかる巨体、その得体の知れない存在に背筋が寒くなる。
「マズイですねぇ。雪が強まってきました。今日はこの辺で切り上げましょうか」
「では、そうしましょうか。近くの岩場に簡易休憩室を設置して夜を越しましょう」
そんなわけで、1日目の探索は終わった。イエティの足取りは掴めなかったが、決して無駄足ではなかった。イエティが確実にいる、それがわかっただけでも大きな収穫だ。
簡易休憩室を設置して、中に入る。のだが・・・・
「・・・なんでお前ら全員俺の部屋にいるんだ!?ラクパさんまで!」
「いいじゃねーか!飯作ってくれよ!」
「せんぱ〜い、聞いたッスよォ、先輩の料理はめちゃくちゃ美味いって!」
「私も先輩のご飯、食べてみたいです!」
なんてこった、全員飯目当てか!そういえば、食材を調達したとき、やたらと俺の分だけ多かった気がする・・・。最初からこれを狙ってたのか!
「いや、ラクパさんは別にいいんですよ!急にガイド頼んだのは俺ですからね」
「あ、ありがとうございます」
「でも、お前らは自分で飯作れよ・・・」
「そう堅いこと言うなよ。頼むよ〜俺料理下手だからさ〜」
「アタシもそこまで得意ではないッス!お願いしますッ!」
「私もお手伝いしますから、先輩、お願いしますっ!」
どうやら、コイツらは意地でもここから退かないらしい。まぁ、仕方ない。これ以上こんなことで議論するのも不毛だし・・・
「わかったわかった。作ってやる。その代わり、めちゃくちゃ手抜きだから、ガッカリするなよ」
「ヨッシャー!ありがとな、コースケ!」
「ありがとうございますッ!」
「お願いします!じゃあ、お手伝いを・・・」
真衣が手伝おうと立ち上がったが、俺はそれを制止した。
「いやいや、大丈夫。出来合いの物を焼くだけだから。座ってて」
「いいんですか?じゃあ、お言葉に甘えて・・・」
真衣を座らせたのは、料理が手抜きだから手伝う必要がなかった、その理由だけでは無い。まだ、廻原のあの言葉のせいで、変に真衣のことを意識してしまっているからだ。変な気を起こして任務に、そしてこれからの生活に支障が出ては困る。
さて、気を取り直して、今日作るのはギョーザと味噌汁だ。とはいえ、さっきも言ったが、ギョーザは近所のスーパーで買った出来合いの品だ。これを5人前取り出して、冷たいフライパンに油を敷いてから並べる。あとは焼くだけなのだが、今日はこれだけでは終わらない。今日は羽根付きギョーザを作ろう。
ギョーザを焼いてる間に羽根の元を作る。5人前だから、水250ccに小麦粉を大さじ2.5杯加えて混ぜる。そして、ギョーザに軽く焼き色がついたら小麦粉液を回し入れる。蓋をして強火で蒸し焼きにする。焼きムラが出来ないように時々フライパンを持って全体にコンロの火を当てていく。羽根が出来たら、最後にごま油を垂らして、パリッと仕上げれば完成だ。
そして、味噌汁も簡単に作る。事前に作っておいた出汁入り味噌玉をお椀に入れて、乾燥わかめを加えてからお湯を注いで完成。食卓の色があまりにも茶色すぎるので、別皿に千切りキャベツを添える。米はパックご飯で我慢してもらおう。というわけで、簡単ギョーザ定食の完成だ。
「はい、お待ちどおさん。出来ましたよ〜」
「おっ!待ってました!」
「これは・・・ギョーザですか?初めて食べます」
「おっ、そうでしたか、ラクパさん。お口に合うといいんですが」
机の上に定食を並べていく。後輩たちの顔を見ると、思っていたより喜んでいるようだ。羽根付きギョーザはやはりテンションが上がるらしい。
「じゃあ、食べますかね。いただきます」
「「「「いただきます!」」」」
パリッとした羽根を箸で割って、タレを付けたギョーザを口に運ぶ。我ながら上出来だ。出来合いの品だから味はもちろん美味いのだが、やはり羽根が上手に作れた気がする。
「すごい!羽根パリパリじゃん!コースケ、やっぱすげーな!」
「ホント、スゴいッス!こんなパリパリなギョーザ、お店でしか作れないと思ってました!」
「だよね!すごく食感が良くておいしいです!でも、結構手間がかかるんじゃ・・・」
「たいしたことないよ。それに、こういうちょっとしたひと手間が料理を劇的に、美味しく、そして楽しくするモンだぜ。まぁ、俺の師匠の受け売りだけど」
良かった、廻原と後輩たちは満足しているようだ。さて、ラクパさんは・・・
「こんな・・・こんな・・・」
「こんな?」
「こんなにおいしい料理、初めてです!こんなにパリッとしてて、お肉がジューシーな料理、すごいです!」
「喜んでいただけて何よりです。作った甲斐がありました」
ラクパさんも大満足してくれている。よかった。口に合わなければどうしようかと不安だったが、杞憂だったようだ。そんなこんなで、あっという間に完食してしまった。
廻原と夕食の片付けをした後、明日からの探索についてミーティングをすることにした。
「このままの方法でイエティ見つけられますかね?」
「たしかに・・・。痕跡も消えてるだろうしな〜」
「二手に別れるのはどうでしょう?もう1人ガイドの職員を呼びますから」
「それ、危険ですね。イエティは相当デカい生き物みたいですから、戦力が分散するのは避けたい・・・」
「では、明日はメンルン氷河に行ってみましょうか。かつてエリック・シプトンがイエティの足跡を発見したのがそこですから。もしかしたらそこにいるかも」
「じゃあ、そうしますか。では、ラクパさん、明日もガイドお願いします」
「おまかせください!」
こうして、明日の方針が決まったところで、全員それぞれの部屋に戻り、眠りについた。この任務、かなりの長丁場になりそうだ。
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