火取り魔
地図アプリの座標が示す場所に到着した。そこは川がすぐ近くに流れる場所に建つ質素な民家だった。今はもう日が完全に沈みきって暗くなっているが、昼間でも暗いのではないかと思わせるような寂しい場所だった。
民家の前には住民と思われる中年の男女が立っていた。おそらく夫婦だろう。俺が彼らに近付くと男性の方が話しかけてきた。
「おお、お兄さん、怪防隊の人かい?」
「はい。怪防隊ニイガタ支部から派遣されました、武縄と申します。妖怪が出た民家はこちらで間違いないですか?」
「は、はい、そうです。今、怪防隊の女の人が見ててくれてます」
「わかりました。危ないので、こちらで待機しててください」
「は、はい。よろしくお願いします・・・」
俺は急いで中に突入した。リビングを通り過ぎ、キッチンの近くにたどり着くと、物陰からキッチンをのぞき込む真衣を見つけた。
「よう、おまたせ。状況は?」
「あ、武縄先輩!よかった~安心しました~」
「おいおい、なんで泣きそうな顔してんだ。お前にしか倒せないヤツなんだぜ。しっかりしてくれ」
「だ、だって、実戦経験がないのにいきなり遭遇したらそりゃ怖いですよ・・・」
「気持ちはわかるが、妖怪相手に隙を見せちゃならん。つけ込まれて負けるだけだ。それより、状況を教えてくれ。作戦が立てられん」
すると真衣は少し落ち着きを取り戻し、そして語り始めた。
「私がここからもっと奥の家で聞き込みをしてるときに、10分ほど前に聞き込みをしたこの家の人から通報が来たんです。それで、駆けつけたら、ご覧のようにガスコンロの火が天井の近くまで上がったり下がったりしている、というわけです。」
なるほど、キッチンをのぞき込んでみると確かに火が伸び縮みしている。
「それで、火取り魔の実体は確認出来たか?」
「いえ、それが全く・・・」
「そうか・・・。じゃあ俺があの火に縄を突っ込むから、真衣は俺の縄を介してあの火を消してくれ」
「え!でもそれ、先輩が火傷しちゃうんじゃ・・・」
「大丈夫だ。俺の縄が受けたダメージはフィードバックされない。安心してくれ」
「わかりました。やってみます」
俺は縄を伸ばしてガスコンロの火の中に入れた。熱さは感じないがあまり気分のいいものではない。それと、火の中には特にこれといった感触もないから、火取り魔は実体が無いか、それか本体が別のところにいるってことなのだろう。真衣は俺の手をしっかり握り、目を閉じた。
「いきます。エネルギー操作・・・」
すると、少しずつではあるが火が小さくなってきた。だが、真衣の額から汗が流れ始めた。
「どうした、大丈夫か?」
「す、すごく妨害されています・・・。押し返されるような感覚で・・・。力士と手押し相撲をしているかのようなすごい反発を感じます・・・」
「でも、どんどん小さくなってるぞ!頑張れ!」
「は、はいッ!それと、先輩、汗が目に入りそうなので・・・」
「あ、ああ。わかった」
俺は真衣の汗をハンカチで拭ってやることしかできない。今はただ、真衣のことを応援することしかできない。凄まじい無力感に苛まれる。だが、これ以外に方法はない。
真衣の懸命な努力のおかげで、炎は強火くらいの火力になりつつある。
「真衣、どうだ?まだ抵抗を感じるか?」
「はい・・・。ですが少しずつ弱まってます」
「よし、もう一押しだな。踏ん張れよ!」
だが、そのとき、俺と真衣の身体が後ろに吹き飛ばされた。
「ヌンッ!」
「へあっ!」
慌ててコンロに目をやると、資料に記載されていたとおりの姿、上半身が炎で下半身が着流しの妖怪が立っていた。大きさは近くに立てかけてあるまな板と同じくらいに見える。これが、火取り魔!すると、火取り魔が喋り始めた。
「おい・・・。そこの小娘・・・。よくも・・・よくもワシの邪魔をしたな・・・。せっかく気持ちよく飯を食いつつ人間の怖がる顔を見て愉しんでいたというのに・・・。許さん・・・許さんぞォォォォォ!」
すると、上半身の炎が大きく燃え上がり俺たち目がけて襲いかかってきた。このままでは火事になりかねない。俺は真衣の手をしっかり握り、火取り魔に縄をもう一度通した。そして、インスタント・テレポーターを取り出し、瞬時に起動した。
「ポチッとな!」
眩い光が消え去った後、俺たちと火取り魔はこおろぎ橋の奥の広場までテレポートしていた。ここなら近くに民家も無い。草木も近くにないため山火事にもなりにくい。だが、依然として火取り魔は近づいてきていたので、真衣を抱えてなんとか回避した。
「真衣!大丈夫か!?怪我は!?」
「は、はい。先輩のおかげでなんとか・・・。ありがとうございます」
「応!取りあえず、ヤツを倒すぞ。俺はサポートに徹するから全力で行け!」
「はい!」
真衣はストレージ付き腕時計から、モバイルバッテリーを取り出し、火取り魔に狙いを定めた。
「エネルギー変換!電気波動砲!」
ケーブルから光弾が発射され、見事に火取り魔に命中した。だが・・・
「ふぅ・・・。小娘、なかなかいいものを食わせてくれるではないか。もっと、もっと寄越せ!」
なんとなく分かってはいたが、やはりヤツはエネルギーを食うらしい。これでは力が増してしまう。だが、真衣は依然として火取り魔に照準を合わせ続ける。
「おい、ヤツにエネルギー砲は効かねぇっぽいぞ。むしろパワーアップしてる!それ以上は・・・」
すると真衣の顔つきが変わっていた。さっきの泣き虫で儚げな女の子の顔から、覚悟の決まった戦士の顔になっていた。そして、そんな真剣な顔で俺に訴えてくる。
「先輩。どうか、私を信じて、私を守ってください!」
「・・・何か考えがあるんだな?」
「はいッ!」
「よし、わかった!しっかり守ってやる!約束だ!」
俺は真衣をおぶさり、縄でしっかり固定した。そして、真衣は火取り魔に向けて光弾を放ち続ける。その間も火取り魔は俺たちに向かって突進や火の玉攻撃を続け、それをなんとか躱したり、火の玉を縄で弾いたりする。
「ヌハハハハ!ほれほれ、もっと撃ってこい!もっと喰わせろ!もっとワシを満足させろ!そして、足掻いて足掻いて、火に焼かれて死ねィ!」
「真衣、まだイケるな!?」
「はいッ!先輩こそ、大丈夫ですか?」
「俺のことは気にすんな!撃ち続けろ!」
だが、真衣をおぶりながら攻撃を捌き続けるのはかなりキツい。機動力や使える縄の本数もかなり削がれている。そして、光弾が当たる度、火取り魔の上半身の炎はどんどん巨大化していく。本当に大丈夫なのだろうか?いや、だが真衣は俺に信じろと言った!考えがあると言った!ならば、それを信じ抜くってのが漢ってモンだ!今にもへばりそうな足をなんとか奮い立たせ、走り続ける。
火取り魔の体はやがて、3mはあろうかというほどに巨大化した。そして、火取り魔は攻撃の手を止めて叫んだ。
「礼を言うぞ、人間ども!うぬらのおかげで満腹になったわ!うぬらが生き抜こうと必死に足掻く姿を見ながら食う飯は大変美味であった!褒美として、うぬらを最大火力の炎で焼き殺してくれようぞ!」
なんてこった、最終形態までヤツを成長させてしまったようだ。俺はどうしたものかと思考を巡らしていると、真衣は負けじと叫んだ!
「この時を・・・!この瞬間を私は待っていました!」
立ちはだかる絶望、そこに見据えた確かな光明───
次回、決着ッ!
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