争奪戦の裏で
「ロイヤルオーク奪還を祝して乾杯!」
「「乾杯!」」
俺と廻原と摘田さんは店の近くの居酒屋で打ち上げをしている。事件から10日後の3月15日の金曜の夜、ようやく事情聴取や店の片付けが終わって落ち着いたので、改めて苦労を労うことにしたのだ。俺と廻原は酒が苦手なのでりんごジュースを、摘田さんはこれまでの苦労を洗い流すかのようにバカスカ生ビールを呑んでいる。それでも全く酔っていないようなので、よほど強い肝臓を持っているのだろう。正直、羨ましい。すると、摘田さんは枝豆を食べながら、ポツリポツリとあの日のことを語り出す。
「君たちが小山という時計泥棒を追って店を出た後にね、山根は急に目の色を変えて私に襲いかかって来たんだ。もう1人の店員、田口くんは咄嗟に私を庇って蹴られてしまった。それでも、田口くんは私を手に乗せて、2階に隠してくれた。工房の鍵は私が持ってたから入れなかったけど、事務所の机の下に隠してくれたんだ」
摘田さんは枝豆とビールを追加で注文し、話を続ける。
「山根の目的は私と田口くんを殺害し、店の時計を盗むこと。万が一ロイヤルオークを盗めなかったとしても、保険として店の時計を盗む計画だったらしい。監視カメラの映像の在処も知ってるから、あとで証拠は全部消すつもりだったんじゃないかな。そして、あの犯行グループはそれぞれが時計屋や宝石店とかに勤務していて、常に獲物を探していたらしい。全然気付かなかったなぁ・・・」
摘田さんは目にうっすら涙を浮かべ、ジョッキを煽る。無理も無い。信頼していた店員に裏切られたのだから。それも、最初から。
「田口くんは私を隠した後、1階に戻って山根と戦ったらしい。山根は殺害を後回しにしてショーケースを割り、時計を片っ端から鞄に詰めていたそうだ。山根の超能力は戦闘向きではないが、田口くんの方は超能力が生まれつき持っていないんだ。だから、戦闘力は五分五分。どっちがやられてもおかしくない」
超能力を持たない人間はさほど珍しくない。超能力者は人口の6割ほどでマジョリティではあるが、無能力者の差別などは小学校低学年以下でしか起きない。いたって普通のことなのだ。
摘田さんはホッケをほぐしながら話し続ける。
「何分たった頃かなぁ。誰かが階段を上がってきた音がしたんだ。そして、田口くんの声で『店長!やりました!山根を気絶させました!』って聞こえてきたんだ。私はすっかり安心してしまってねぇ。うっかり机の下から出てきてしまったんだ。だけどね、そこに居たのは山根だった。私は忘れていたよ、彼の超能力がモノマネボイスであることを。本当にそっくりな声でね、油断してたよ。」
想像するだけで恐ろしい。仲間の声を真似る巨大な男が自分を殺すためにやって来たなんて。怪防隊に所属して、数々の修羅場を潜り抜けている俺でも身の毛がよだつ。摘田さんはホッケの骨を除けながら続ける。
「私は絶望したよ。本当に死を覚悟した。だがそのとき、急に私の身体がもとの大きさに戻ったんだ。私は無我夢中で山根を突き飛ばし、階段を駆け下りたよ。」
それは恐らく、俺が小さくなったときだろうな。俺が時計店に戻るまで5分以上はある。それまで、何があったのか、店に来た安倍さんは何をしたのか気になる。摘田さんはほぐし終えたホッケを美味しそうに摘まみながら話す。
「下に行くと田口くんが頭から血を流してへたり込んでいた。幸いにも意識はあった。私たちはここから逃げようと田口くんを起こそうとしたけど、初老の私には彼を運ぶだけの体力はなかった。そして、悪戦苦闘しているうちに、山根は階段をゆっくりと降りてやってきた。そして彼は言ったんだ。『あれ、田口、まだ死んでなかったんだ。困ったなぁ、しぶといなぁ。』って。もう怖くて仕方なかったよ。いよいよ、私たちは本気で死を覚悟したよ。だが、そのときだった」
いいところで一旦話を切って、今度は八海山の純米大吟醸をクイッと飲み始める。いつの間に注文していたのだろう。再び話し始める。
「店の前に黒い高級車が止まったかと思うと、清行くんが降りてきたんだ。そして、店の中に入ってきてこう言った。『やあ、良夫くん、頼んでいたものは・・・これはどういう状況だね?』って。そして、床にへたり込んで震えている私たちと返り血を浴びて立ち尽くす山根を見比べた。そして、私にこう言ったんだ。『良夫くん、ひょっとして、彼にやられたのかい?もしかして、泥棒かな?』と。私は危険だから逃げるように言ったんだけど『良夫くんとその部下が死にかかっているんだ、逃げるわけにはいくまい。ここからは少々過激だから、お二人とも目を背けてはもらえないかな?』って言ったんだ。」
安倍さんのあふれ出る強者感に少々惚れそうになる。摘田さんは酒とホッケを交互に楽しみながら続ける。
「山根は相変わらず清行くんもろとも始末するつもりだったらしい。ポケットから小さいハンマーを取り出すと、大きく振り上げて清行くんに向かって突進したんだ。怖くなった私たちは目をぎゅっと閉じて背を向けた。すると、聞こえてきたのは清行くんの悲鳴ではなく、山根の叫び声だった。何かを恐れているような、そんな叫びだった。そして、何かを激しく叩く音と液体が噴き出すような酷い音がしばらく響いたあと、清行くんが『もう大丈夫。すべて終わったよ。』と言ってきたんだ。さっきの件もあって怖かったけど恐る恐る目を開けたんだ。すると、そこにはさっきより恐ろしい光景が広がっていたんだ」
俺たちは息を呑む。あの店内の光景は今思い出してもゾッとする。
「目の前にいたのは間違いなく清行くんだった。そして、反対側の壁際に血塗れの山根が倒れていた。何か恐ろしいものでも見たかのように、彼の顔は歪んでいたよ。おかしな方向に曲がってる関節もあった。なんなら関節が増えているようにも見えた。でも、指先がピクピクと動いていたから生きていることはわかった。私は思わず清行くんに、君がやったのか、と尋ねたよ。すると、彼は『う~む。私であって、私ではないな。まぁ、世間的にも、状況的にも私がやった、ということになるのかな』とよくわからない返事をしたんだ。それを裏付けるように、彼は全く返り血を浴びてなかった。そして、君たちが来た」
安倍さんはどのようにして山根を倒したのか、それは誰にもわからない。店の防犯カメラも、山根が安倍さんに襲いかかるところまでは動いていたが、急に画面が暗転し音声だけになり、そして、安倍さんが摘田さんに声をかけたあたりで元に戻ったそうだ。さらに、摘田さんも安倍さんの超能力を、というか能力の有無も知らないらしい。親友とは言え、別に珍しいことでは無い。訳あって超能力を教えたくないって人はそれなりにいるからだ。そして、安倍さんは状況的にも正当防衛だと認められお咎め無し、だそうだ。
少しだけ歯切れの悪い終わり方だが、これで事件は終わった。摘田さんは週明けからまた店の営業を始めるらしい。俺たちも非番は今日までで、明日からいつも通りパトロールだ。という訳で、22時頃、打ち上げはお開きとなった。
帰り道、俺と廻原は二人きりになった。そして、廻原は深刻そうな表情で話し始める。
「実はな、俺、視ちまったんだ・・・」
「何を?」
「でっけー鬼。それとちっちゃい鬼と幽霊みてーなのがたくさん」
「なんだそれ。どこでだ?」
「あの日、店で本物の安倍さんを見たとき。安倍さんの周りにたくさん居たんだ・・・」
「ホントか?俺は何も見えなかったぞ」
「お前は視えない体質なのかもな」
「どういうことだ?」
「あれは、俺たちが普段相手にしてる、妖怪や怪物と呼称される生物とは違う。ホンモノの化け物だ」
待て待て待て待て。何を言っているんだ。いや、確かに俺たちが普段戦っているのは『伝説に登場する怪物によく似た性質をもつ生物』だ。これらは小惑星の影響で現れたと考えられている、飽くまで生物なのだ。でも、安倍さんの周りにいたのは生物じゃ無い。ということは・・・
「本当に、はるか昔、小惑星衝突前から存在するホンモノの妖怪や幽霊。それを安倍さんが従えている、ってことか?」
「恐らくな。そして、安倍さんが俺たちを一瞥したあと、そいつらは消えたんだ。もしかしたら、俺が視えてることに気付いたから消したのかも・・・」
安倍清行、ただの富豪だと思っていたのだが、一体何者なんだ?そして、俺たちに残した『また会える気がする』という意味深な言葉。何故か嫌な予感がする。そして、俺のこういう予感は必ず当たる。いつか、奴の正体を掴むまで、絶対に死んでたまるか!
今回もお読みいただきありがとうございました。
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