追跡
摘田さんは俺の発言を受け、慌てて箱を引っ込める。
「なに?それは本当かね、武縄さん」
「何を言い出すんだね、君は!良夫くん、私は正真正銘の安倍清行だ、早く渡してくれ」
俺はニセの安倍に向かって話し始める。
「安倍さん、いや、ニセモノさんよォ、アンタ昔からよく詰めが甘いって言われてたんじゃあないのか?」
「な、何を言っているんだね、君は!失礼にもほどがあるぞ!」
「いや、なに、実に初歩的なミスをしているなぁと思っただけだ。俺はアンタに対してある違和感をおぼえていた。そして、それが確信に変わったのは、アンタが摘田さんに差し出したその手だ」
「手?私の手がおかしいとでも?」
ニセモノの様子がだんだんと挙動不審になっていく。俺は構わずに追い詰める。
「いや、俺がおかしいと思ったのは、アンタが差し出したのが左手だったことだ。そして、腕時計を右手に巻いていること。これらのことからわかるのは実にシンプルな事実。アンタは左利きだということ。そして!俺たちが見せてもらった写真の本物の安倍さんは、左手に時計を巻いていた。つまりは右利き!今時、こんな幼稚な推理で犯人を追い詰めるなんて子ども向けの絵本くらいだな。アンタはそれだけ詰めが甘いってことだ!」
摘田さんはハッとした表情を浮かべる。
「確かに清行くんは右利きだ。付き合いが長いから間違いない。なんで、気付けなかったんだ・・・」
「親しい人ほど、意外とそういうのに気付けないもんですよ。俺は第三者だからこそ違和感に気付けただけなんです」
ニセ安倍清行は額から脂汗を流し、苦悶の表情を浮べる。
「バレちまったなら仕方ねぇ。計画変更だ。ソレをよこせッ!」
ニセ安倍は摘田さんをぶん殴り箱を強奪する。すると、摘田さんはみるみるうちに小人のように小さくなってしまった。俺と廻原が驚いて一瞬目を離した隙に、ニセ安倍は店を出て車に乗りこみ逃げた行った。そして車に乗り込む直前、ニセ安倍の変装が解け黒Tシャツでジャージのズボンの若い男に変わり、車も高級車から例の黒いワンボックスカーに変わった。やはり、あの男たちによる犯行だったのだ。
俺と廻原は奴らを追跡するために、外に飛び出す。店に縮んだ摘田さんを残して行くのは不安だが、幸いにも店に他の従業員が2人いたので、彼らに託すことにした。
「逃がすか!廻原、お前はバイクで地上から奴らを追ってくれ。俺は空から追跡する!」
「合点承知の助!」
廻原はストレージ付き腕時計から自身の愛車、YAMAHAのMT-25を取り出し追跡を開始した。俺も続いて愛車を呼び出す。
「来い!BOB!」
すると上空に待機していた愛車、トヨタ・2代目オーリスが地上に降りてきて、水平になっていたタイヤが再び垂直に戻り着地した。俺は急いで運転席に乗り込む。そして、搭載してある最新式AI「BOB」に指示を出す。
「ヘイ、BOB!フライトモードを起動しろ!」
「Okay、ブラザー!フライトモードを起動するぜ〜!」
このAI、緊急事態なのにも関わらず相も変わらずふざけた態度をとってきて腹が立つ。とにかく、再び上空に浮かび上がったこの車で奴らの追跡を開始する。あの貴重な時計を悪党に渡すわけにはいかない。アクセルを思い切り踏み、フルスピードで空を駆け抜ける。
その時、車に取り付けてる無線に通信が入った。
「はい、こちら武縄」
「こちら、早川。武縄、お前に伝えなければならないことが発生した」
「いったいなんですか?俺は今時計泥棒を追跡してるんですけど」
「まぁ、聞け。お前が2週間前の2月20日に捕まえた小さいおじさん、覚えているな?」
「ええ、覚えてますよ。それがどうしました?」
「実はその小さいおじさんが先程巨大化し、普通の人間のサイズになった」
「なんですって?小さいおじさんにそんな性質は無いはずですが」
「私もそう思ってな。小さいおじさんだった男に話を聞いたところ、男は警官で名前は『幸田武』というらしい」
「幸田武!?それは本当ですか?」
「なんだお前、知り合いか?」
「いえ、直接の知り合いではありませんが、時計店の前に居た車に職質し、その後行方不明になった警官ですよ!」
「そうか、これで彼の発言の裏が取れた。彼は職質をした際、助手席に居た男に触れられた時に身体が縮んでしまい、その後山に捨てられたそうだ」
「なるほど、わかりました。情報提供感謝します。引き続き、時計泥棒を追跡します」
「了解した。何がなんでも捕まえろ。健闘を祈る」
やはりあの警官は車の男たちによって始末されかけていた。俺たちがすぐに捕獲していなければ今頃死んでいただろう。バラバラの点だった事件や謎がようやく線で繋がり始めたような気がする。
程なくして奴らの車を発見し、上空ではあるが一歩前へ出た形で並走を開始する。そして、BOBに指示を出す。
「ヘイ、BOB!この高度を維持してあの車を引き続き追跡してくれ!俺はあの車に飛び移る!」
「了解だ、ブラザー!また会おうぜ〜!」
俺は運転席のドアを開け、奴らの車に狙いを定める。幸いにも奴らの車の屋根には荷物を括り付けるための金具がついていて、尚且つ俺の能力の射程距離だ。正確に狙いをつけ、縄を発射する。上手いこと金具に命中し、しっかりと結ぶことができた。そして、縄を縮めながら勢いよく飛び降りる。そして、着地の瞬間、まずはつま先から着地し、足裏、ふくらはぎ、太もも、尻、上半身の順にスムーズに接地させ、衝撃を分散させる。五点接地、古くから伝わる高所からの着地の衝撃を和らげる技術だ。
戦闘服の性能も相まって、何とか無傷で車に飛び移ることができた。師匠に散々崖から落とされるスパルタ訓練を受けた甲斐があったってもんだ。だが、当然奴らは俺がこの車に飛び乗ったことに気付いているはずだ。ならば、先手を打つのみ。
俺は右手に縄を巻き付けグローブのようにして、後部座席の窓を叩き割る。前の座席を狙わなかったのは、事故を起こされて時計が壊れることを防ぐため、そして助手席の男に能力を使われ、身体が小さくなる恐れがあったからだ。そして、屋根の金具に縄をかけてぶら下がり、割れた窓に上半身を突っ込んで、ルームミラーに向けてとびきりの笑顔で話しかける。
「おう、イカした車に乗ってんじゃあねぇか。俺もドライブの仲間に入れてくれよ」
「バケモンが・・・オイ、アイツを振り落とせ!」
助手席の男が命令し、車が大きく蛇行し始める。少々計算が狂った。ビビった運転手が車を停車させると読んでいたのだが、思っていたより覚悟がキマっているらしい。このままでは、他の車を巻き込んだ事故が起こりかねない。俺は左手の縄を駆使して運転手を拘束し、ハンドルとブレーキを操作して強制的に車を停止させる。しかし、車が完全に停止する前に助手席の男が箱を持って外に飛び出し、路地へと走り去ろうとしていた。すぐに運転手を気絶させたと同時に後ろから廻原が追いついてきた。
「廻原、ニセ安倍はあの路地に入った!俺を乗せてくれ!追うぞ!」
「りょーかい!」
俺を乗せた廻原はエンジンを吹かして路地に突っ込んだ。バイクがギリギリ通れるほどの細い路地を風のように走る。短い路地を抜けると廃墟と化した3階建てのビルがあり、その中にニセ安倍が入っていくのが見えた。俺たちはバイクを降り、奴を追ってビルに突入した。奴がわざわざ逃げ場の無いビルに侵入したということは、俺たちと戦闘してケリを付けるつもりなのだろう。上等だ。そっちがその気なら本気で叩きのめす。そして、あの高級時計を必ず取り戻してやる。
今回もお読みいただきありがとうございます。
ようやくSFらしい話が書けたような気がします。
ぜひ感想も聞かせてください。
次回もよろしくお願いいたします。
以下、解説パートです。
廻原のバイク
YAMAHAのMT-25をベースに作られたバイク。色はマットダークグレー。小惑星衝突前の遺物ではなく、奇跡的に遺されたデータをもとに怪防隊のエンジニアが復元し、現代向けの改造を施した。廻原のストレージ付き腕時計の8番にヘルメットと一緒に収納されている。
公介の車
トヨタのオーリスの2代目、2012~2016年に製造されていたモデルをベースに作られた車。色は青。廻原のバイクと同じく、怪防隊のエンジニアが復元し、改造を施した。タイヤに反重力装置が取り付けられていて、タイヤを横に倒すことで空を飛ぶことができる。その際、増設された小型ロケットエンジンで推進力を得る。
AIのBOB
2人の愛車を作ったエンジニアが開発したAI。正式名称は「Brilliant Operation Bot」。制作者のBOBという名前の男性に対するイメージが反映された結果、欧米風の陽気な男性のような性格になってしまった。しかし、極めて従順で複雑な命令を正確にこなすことができる。
運転手の男
名前:狐川洋助
31歳 男
6月17日生まれ
超能力「変化の術」
概要:一度に3つまで、モノを変身させることができる。人を変身させた場合、変身後の人間を知っていれば、声も正確に再現することができる。制限時間は変身させているものの数に対応していて、1つなら15分、2つなら7分、3つなら3分。




