3月5日
俺は摘田時計店での任務を行うため、早川上官にことの次第を報告することにした。
「もしもし、早川上官ですか?」
「もしもし、私だ。武縄、どうした?」
「お忙しいところすみません、実はかくかくしかじかで・・・」
「なるほど、まるまるうしうしという訳か。了解した。任務にあたることを許可する」
「ありがとうございます」
「あぁ、健闘を祈る」
とりあえず、許可は貰えた。だが、今は飽くまでパトロール期間中。今回の任務は言わばサブミッションのようなものだ。そこで、俺と廻原は摘田時計店の2階にある事務所の窓から車を交代で監視することにした。3時間おきに片方と交代し、パトロールと任務を同時にこなす作戦だ。
しかし、いくら監視してもこれと言った動きは無い。時々、車が居なくなったかと思えばしばらくして戻ってくる。そして、店の営業時間が終わる頃には消えていく。次に現れるのは開店する数分前といったところだ。
3月4日、俺はある違和感を覚えた。車ではなく店の看板に、だ。この看板、果たして歩道の真ん中に落ちるのだろうか、と。あの日、俺と俺の前を歩いていた女性は歩道の比較的真ん中らへんを歩いていた。そして、その位置から店までは1mほど。看板は以前から店の外壁に支えとなる短い金具を固定して設置されていた。確かに、あの日は強い風が吹いていたが、そんな風でこの重い看板が歩道の真ん中に落ちるのだろうか。
ある考えが俺の頭によぎる。この看板落下事故もあの車の連中の仕業なのではないか、と。しかし、いくら考えても看板を落とすことにメリットがあるとは思えない。考えすぎなのだろうか。これ以上憶測で物事を捉えるのは良くないので、考えるのをやめた。
そして3月5日、ついに時計の持ち主が時計を受け取りに来る日がやってきた。この日は俺と廻原が店に待機することにした。万が一に備えて、追跡に使うための俺の愛車も店の近くに待機させている。店長の摘田さんは俺たちに改めて説明する。
「今日、時計を受け取りに来る私の友人は『安倍清行』という人です。対応は私が行いますので、お2人は近くで見守っていてください。こちらが、清行の写真です」
受け取った写真には物腰柔らかそうな紳士が写っていた。立派なスーツを身に付け、左手にはあの腕時計が光っている。そして、右手には数珠のようなものが巻かれている。いかにも金持ちそうな男だった。
約束の時間は12時、今は10時過ぎなのでまだ時間に余裕がある。俺たちは店の時計を眺めたり、コーヒーを飲んだりしながら時間を待つ。そういえば、今日はあの車は駐まっていなかった。
約束の時間よりも早い午前11時半、1台の高級車が店の前にやって来た。運転手が後部座席のドアを開け、写真に写っていた紳士、安倍清行が降りてきて店に入ってくる。
「やぁ、良夫くん、頼んでいたものはできているかい?」
「あぁ、清行くん、もちろんできているよ。少し待っていてくれ」
摘田さんは時計を取りに店の金庫まで走った。俺は安倍清行をまじまじと眺める。キッチリとしたスーツ、物腰柔らかな顔、確かに清行氏だ。だが、どこか違和感がある。その違和感を探ろうとよく観察する。
そんな中、摘田さんが時計が入った箱を持って戻ってきた。
「おまたせ。これが君が依頼してた時計だ。確認してくれ」
摘田さんは箱を開け、時計を安倍に見せる。
「おお、これが。いや、素晴らしいな。また動くとは。君に依頼して良かったよ」
「それは良かった。じゃあこれを、領収書を書いてくるよ」
そう言って摘田さんは箱を閉じ、安倍に渡そうとする。そして、安倍は左手を伸ばして受け取ろうとした。そこで、俺は抱いていた違和感の正体に気付き叫んだ。
「待て、摘田さん!コイツは本物の安倍さんじゃあないッ!」
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