巡回、そして依頼
翌朝、職場に行くために身支度を調える。髪をセットし、ジェルでしっかり固める。ヒゲも伸びてきたので軽く剃る。朝食を簡単に済ませ家を出る。
いつものように、歩いて通勤する。そういえば、休暇明けの朝、看板が落ちてきた店はどうなっただろうか。そんなことを考えながら、その店の前までやって来た。「摘田時計店」、そう書かれた看板は店の2階部分にしっかりと固定されていた。これなら、また天気が荒れても落ちることはないだろう。
ふと、車道に目をやると反対側の路肩に黒いワンボックスカーが駐まっていることに気付いた。そういえば、看板が落ちた日も、そして昨日も帰るときに見かけた覚えがある。この辺の住民の車なのだろうか、いや、それはないはずだ。この近くには月極の駐車場があり、住民はそこに車を駐めるからだ。それに、以前はこんな車は見かけたことがなかった。疑問に思いながらも、これ以上はどうしようもないので再び職場へと向かった。
事務所の前に来ると、偶然にも廻原と出会った。奇しくも同じタイミングで到着したようだ。
「おはよう、廻原。疲れは取れたか?」
「おはよー。それなりには回復したな。お前は?」
「俺もそんな感じだ。今日は任務が無いといいんだけどな」
「だよなー」
2人で事務所に入ると例の如く早川上官が待ち構えていた。
「おはよう、2人とも。早速だが・・・今日は書類仕事をしてもらおう」
俺たちは目を見開く。
「え、任務じゃないんですか?」
思わず聞き返してしまった。
「なんだ?任務でもよかったのか?それじゃあ・・・」
「「いえいえいえいえいえ!書類仕事!書類仕事をさせてください!」」
「だよな。まあ、今はお前らが適任の任務は来てないし、書類仕事もたまってるから、パトロール期間になるまでは原則としてバンバン書類を作成してもらおう」
「了解しましたッ!」
「りょーかいですッ!」
僥倖!なんという僥倖!書類仕事は面倒ではあるが、任務に比べたらはるかに楽だ!久々に定時で家に帰れる!しかも、パトロール期間に移行する3月まであと2週間ほどだ。これ以上、任務が入らないことを祈りながら仕事をしよう。
書類仕事の主な内容は報告書の作成だ。自分が行った任務の報告書を書いていく。そして、それとは別に討伐した怪物などのデータに誤りがないか、怪防隊の研究部から送られてきた書類を確認する仕事もある。そのほかにも色々あるが、基本はずっとパソコンでの作業なのでかなり気楽だ。
さらに運が良いことに、任務期間が終わるまで面倒な任務は回ってこなかった。せいぜい近場の山で「小さいおじさん」を確保したくらいだ。土日はしっかり休めたし、ほぼ毎日定時で帰れた。こんなに仕事が楽だった期間は無い。
だが、その間も朝や夕方に摘田時計店の前を通りかかると黒いワンボックスカーが駐まっていることが多かった。毎日では無いのが余計に怪しい。だが、今はどうにもできない。もどかしさを覚えながらも仕事に励んだ。
そして、3月1日。出勤すると俺と廻原は早川上官に呼び出された。
「さて、2人とも、任務期間ご苦労だったね。というわけで、3月の間はパトロール期間だ。いつものように、このニイガタ支部周辺で異常がないかパトロールしてくれ。そして、市民からの怪奇現象などに関する相談を受けるのもパトロールの仕事の1つだ。しっかりと頼むぞ。それと、わかっているとは思うが、パトロールは直行直帰で構わないが、必ず万能戦闘服を着用すること。以上だ」
そんなわけで、万能戦闘服を腕時計から呼び出し装着する。街で着ると少し浮く格好なので恥ずかしいが、怪防隊であることを知らせなければならないので仕方ない。それと、この戦闘服の胸元にはカメラが付いているため、隊員がサボってないか監視するために着用するという意味合いもある。準備ができたので、廻原と共に街へと繰り出す。
─────ニイガタ行政区は日本エリアの北陸地域の中で1番大きな行政区で、中心地であるニイガタ地区は怪防隊支部を中心に大きく発展している。また、小惑星衝突前から日本海に面していた港町でもあったが、今は日本列島とユーラシア大陸がかつてのように繋がったことで日本海の一部が塩湖として残ったため、現在でも港町という側面を残している─────
午前中のパトロールでは特に異常は無く、昼食を取るため商店街にある喫茶店に入った。落ち着いた雰囲気の店内でピザトーストとナポリタンのセットを嗜んでいると、俺のケータイに着信が入った。
「廻原、悪い、電話来たから一旦外出るわ」
「りょーかい」
2階にある店の扉から出て階段を駆け下り、電話の相手を確認すると、なんと摘田時計店の店主のおじさんからだった。すぐに電話に出る。
「はい、もしもし、武縄です」
「あ、もしもし、私、摘田です。先日はどうもご迷惑をおかけしました」
「摘田さん、ご無沙汰してます。あれはもういいんですよ、怪我人は出なかったんですから。それで、今日はどうされましたか」
摘田さんは依然として暗い声で話を続ける。
「実は先日から怪しい車が店の前にいて・・・。今やってる仕事がアレなものですから余計に怖くって。一度、店まで来て話を聞いてもらえませんか?」
ついに、あの謎のワンボックスカーの正体を暴くときが来たようだ。
「わかりました。すぐに向かいます」
電話を切った俺は店に急いで戻り、廻原に事情を説明しながら残りのトーストとナポリタンを平らげ、コーヒーをがぶ飲みし、足早に店を後にした。
今回もお読みいただきありがとうございました。
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