②試用期間?
幹部が並んだ入社式、ケーキとコーヒーが面前においてある。雅生は遠慮なく頂く。
試用期間三ヶ月、現場工場の部門に立会い、工程や改善すべき点を報告する。作業者は、実直に定められた作業に従事していた。何も、報告する事はなく無意な日が続く。試用期間、(クビになればいいな)と思いながら過ごした。もう、その時点で課内の評判は最悪の様を呈し、女性社員の対応は同期を露骨に褒めそやす。そのうち、総務課の課長に通路ですれ違うと、「生意気だな」と、云われる始末である。
雅生の懸案は、他にあった。工場のある地は、生まれた地であった。雅生が怖がったのは、母親が現れる事だった。雅生は十歳の頃、婿入りだった父親に引き取られた。家には寄り付かず、職場近く住む父親。夏休み、母親方の祖母から、小銭を貰い国鉄に乗り、父親の住む地に行った。父親と母親は不仲であり、どちらも家に帰ることは稀であった。祖母の(母親)の家から、小さな小学校の分校に通う日々、夏休みが終れば、また戻ると思っていた。それは叶わず、父親の姓に変わった。それから、彼の地に関連する言葉、母親に関する文言はタブーになった。似た文言を発すれば父親の折檻を受けた。雪の中を裸足で逃げた事もある。
地方の工場は地元採用が多い。離婚に伴い、姓は変わっているが、母親が何時か現れる恐怖を心に秘めていたのであった。貧乏を絵に描いた日々だったが祖母と最終的に母親方に戻った兄と過ごした時期を嫌いではなかった。しかし、その貧乏さは、結構知られていたようだ。雅生にとっては懐かしさと共に幼少期を思い出したくないのである。