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⑭メモリー一つ

 退職近くの日曜日、受話器をとる。

「中田さん、警備の╳╳です。美紀さんから電話してと、ええ、出勤してます」

 中田は急いで会社に行った。休日出勤など、余程の事がないとしない。労組が強い。幹部のになるには、労組の専任が一つの過程でもある。

 社に着くと、年老いた警備員が来た。

「美紀さん、います」

 平屋の建屋が並んでいる。他に誰も、出勤していない。課に入ると、美紀はパソコンに向かっていた。扉を開けても、そのまま。中田は、髪を撫でる。

「また、やってみる」

 中田は、両手を上げる。美紀も上げる。手のひらを合わせた。中田がテレビドラマで見たシーン。前に一度、いたずら半分で美紀と手のひらを合わせた事があった。

「こうやって、合わせた手を広げていくんだよ」

 顔が近づくと、笑って手を離した。今は、合わせたままに手を広げる。警備員に頭を下げ、帰る。煙草のフィルターに付いた紅がもの悲しかった。

  


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