⑬一礼
中田はスキーを嗜む。知り合いのスポーツ用品卸しから購入したウェアを着ていく事もある。
「私たちも、それが欲しい」
美紀と美沙子が言う。中田は気にせず「はい」と答えた。従って、中田が会社に着ていく事も無くなった。三人、お揃いでは如何なものか。工場に行けば、美紀の呼び出しが多くなる。声に憂いを感じ取れる。ラインの女性作業員は敏感だ。呼び出しがあると、中田の顔を観る。
部所に戻っても、話はしない。課長との折り合いは益々、悪化している。
中途で新しい社員が来た。これが、バッファになれば良い。中田は相変わらず、部所には留まらない。「テーマは有るのか」たまに、部長の服部から聴かれる。もう、誰も何も言わない。
博には、行くと言っていた。久し振りにパチンコ店に顔を出す。敷地内には、博の母親が飲食店を出している。
「中ちゃん、行ってくれるんだって」
ここから、大学に通ってもいた。今さら、断る事もできない。
博から、日程が示された。初夏の頃になる。四月、新入社員が入ってきた。中田の後輩になる。指導教官には、謝りたいが退社するのだろうと思う。
有給をとる。博と東京に行った。中田の机には、退職願いが置いてある。東京に博〈ヒロと呼ぶ〉は事務所を借りた。帰り、中田はデパートで銀のネックレスと香水〈ミツコ〉を買う。
会社に行く。何か、重々しい。机の中を見たと分かった。数日後、それを中田は提出した。その後の処理は、処理の過程は中田は知らない。期日が来れば、中田は去るだけと思っていた。部長は、退職願いを持ったまま、海外出張に行ってしまった。役員が、労組委員長が来た。
「係長に、研究所に行くか」
中田は妄言を吐く。
「白鳥も北に帰りました。私も、還ります」
「泥舟にか」
多分、役員の云う通りだと思う。ヒロは失敗するだろう。納得していた。
朝のミーティング、美紀の髪がロングから短くなっていた。誰もが気付いたが、何も言わなかった。試験室に〈ミツコ〉の香りが漂う。
「会社につけてくるな」
「バシャバシャつけてくる」
美紀は言う。
期日が迫る。鍵を掛けない中田の車に、漫画本が数冊置かれていた。タイトルは〈愛になりたい〉。(誰だ)。
美紀から国際電話と、中田が受け取る。服部からだった。
「気が変わったか」
「回さなくても、期日が来たら来ません。知りません」
期日、久し振りに工場に顔を出す。女性作業員がラインの係長が紙袋を差し出した。幹部の詰所にに行き、一礼した。何も言われなかった。陰に行くと、涙が溢れた。美紀に貰った拙いイニシャル刺繍が入ったハンカチで涙を拭き部所に戻る。たかだか、二年とちょっと辞めたってよくある話だ。(何で、こんな騒ぎになるのだ)部所に戻り終業時間を迎えた。中田は、いつもと変わらず、社を出て車を止め、深く一礼をする。




