恋とは一体何でしょう
「新卒じゃないと駄目かな」
雅生は思った。まだ、二十歳前半、時間はある。昭和バブル前夜。
酒に溺れる父親、夜半、鍵をした玄関のガラスを叩き割った父親、眠っていた雅生に撲りかかってきた父親に寝惚けた雅生は手を出してしまった。
たった一発、小柄な雅生である。さほどの力はないが、眉の辺りに当たり、血が出た。
父親は、怒鳴り声をあげ退散すると、雅生が敷いていた布団に寝てしまう。家には、他に誰もいない。
(親を撲ってしまった。家にはいられない)
雅生は、鼾をかいている父親の財布から一万円札を抜き取る。それから、台所に行き十キロの米を風呂敷に包んだ。
駅に向かう。まだ、四月になったばかり午前四時過ぎ。朝は寒く、雅生は駅の近くのバス停の小屋で捨てられていた漫画本に、何故か持ってきた大箱マッチで火を点し暖をとりながら、始発の列車を待った。
通う学校の最寄駅に着く。改札を出ると、
「あら、うちの学生でしょう。一緒に行きましょう
」
多分、雅生の通う学校の事務員なのだろうか、綺麗な人だな、と思いながらタクシーに乗る。
雅生は学生課に行き、退学届けの書面を貰い判を押した。何も考えずに東京に向かう。まだ、十七歳の初春。
建設会社の土木作業員になった。住みかは、飯場。プレハブ造りの粗末な建物。出稼ぎが未だ多い頃、枕を並べていた。
景気は良く、社長の息子と同い年、よく、つるんで遊んだ。
雅生が二十歳を過ぎた頃、都の発注が減り始め、会社は土木不況の真っ只中、社長は白地手形まで振り出し、敢えなく廃業する。