厨二病 断片の物語
【冒険記】
冒険の始まり
「おーい。ルスト」
緑色の長髪を束ねた少女が、駈けていく。
「やあ、レシス」
剣の稽古をしていた、短い黒髪の青年ルストは、手を止める。
「どうしたんだ? そんなに慌てて」
息を切らし、
「見つけたの。『リザイアの宝玉』について書かれている古書を」
レシスは、嬉しそうに、古ぼけた本を出した。
「随分、古い本だなぁ。本当に、探しにいくのか?」
「そういう約束でしょう。古文書で旧字体で書かれているし、虫食いとかで欠けているけれど、それなりに読めるから」
レシスは、古文書を抱きしめていう。
「―本当にあるなら、見てみたいけど」
少し戸惑い、ルストは言う。
―神様が隠した、いかなる願いを叶える『リザイアの宝玉』
色々な物を人間界に与えてくれたが、その宝玉だけは、神話の話。
手にしたという伝承は、数百年ごとに一回あるか。
手にした者は、国を興したり、大富豪になったり。
世界を支配しようとして、それを『良し』としない者達との戦いがあった。
人間だけでなく、精霊界や魔界などに共通している
創世神の遺した『リザイアの宝玉』―
「なあ。お前、ソレを手に入れてどうするんだ?」
ルストが問う。
「とくにないよ。色々な神話や伝説に、登場するし。冒険記のようなものにも、出てくる。
それだけ有名なら、存在してそう。存在しているのなら、この目で見てみたい。
願いは無いよ。この目で見てみたいだけ」
ニコニコ笑い、レシスは答えた。
「無欲だな。俺なら……特に無いや」
考えて、ルストは言った。
「でも、子供の頃から色々、聞かされてきたから。存在しているかを、確かめてみたい」
二人は、そうだなぁと、言い、笑った。
「これを訳して、旅立ちの準備」
レシスは言う。
「相変わらずだな。まあ、何時でも行けるけど」
「それじゃあ、また。薬草集めを、母様に頼まれているから」
「ああ。また」
駆けて行くレシスを、見送った。
「ル・ス・ト。お前、レシスちゃんと、どういう関係だよ!」
同い年のハイドが、絡んできた。
「―別にただの幼馴染みだよ。どうかしたのか?」
「フッ。それじゃあ、オレが口説いても良いんだな」
勝ち誇った笑みを浮かべ、ハイドは言う。
「やめとけよ。あいつ、見かけによらず、凄まじいお転婆だぞ。目的の為なら、突き走る。
暴走したら、止めるのは難しいぞ」
「構わない。そんなことぐらい、平気さ。この想いの為なら」
と、言い、ハイドは、レシスの後を追いかけて行った。
それを見つめ、ハイドは溜息を吐き
「どうなっても、知らないから」
と、呟いた。
町の外にある森へ向かっている、レシスを見つけ
「おーい。レシスちゃん」
ハイドは、大きく手を振って呼びかける
「あ、ハイドさん。どうしたの?」
レシスは振り返る。
「たまたま、見かけたら。何処か行くのかい? 最近、魔物がうろついているっていうのに。しかも、もうすぐ夕暮れだぞ」
「母様に頼まれて、薬草を集めに森に」
「魔物がうろついているのに。丸腰で? オレも手伝うよ。用心棒」
格好をつけて、ハイドは言った。
「悪いよ」
「構わないよ。レシスちゃんの為なら」
胸を張る。
「―そう?」
二人は。町外れにある森へ入っていく。
森の中には、色々な物がある。畑では栽培出来ない薬草類とか木の実。
レシスは、薬草を見つけて詰んでいく。
「ねえ。ルストのこと、どう思っているんだい?」
「なに? ただの幼馴染みだけど?」
「そ、それじゃあ、オレが君に、こ交際を申し込んで―」
そこで、会話が途切れる
レシスは薬草を袋に詰め、茂みの奥に視線を向ける。
ハイドも、レシスが見つめている茂みを見つめた。
低い唸り声を出しながら、鱗と剛毛に覆われた犬の様な魔物が出てきた。
「げ、コンドラ。なんで、こんな場所に」
ハイドは、驚いて剣を抜いた。
「あいつには、剣での攻撃は難しいよ。硬い鱗だし」
レシスは、ハイドを制して
「私が、片付ける」
レシスは、三匹の魔物の前に立つ
「危ない、レシスちゃん」
ハイドは、剣を握って攻撃をしかけようとした
「大気に宿る精霊よ力を 雷の精霊よ力を貸したまえ」
レシスが言って、手を振るった
薄暗い森に、眩い光が弾けた。
「ぎゃうう」
魔物のうめき声。
光が収まると、そこには魔物の姿は無かった。
「ふぅ」
レシスは、息を吐く。
「ちょっ、レシスちゃん? 魔物は?」
驚いて、ハイドは辺りを見回す。
「どうしたの? 大丈夫?」
レシスは、足元の薬草を拾いながら言う
「あ、いや。ちょっと驚いて。魔法、使えたんだ」
ハイドは剣を納め、言った。
「え、あのくらい普通だけど。大したことない魔物だし。少し前に、遺跡の洞窟で遭遇した、影の魔物は、さすがにヤバかったけれど。―もっと、魔導の勉強と修行しないと」
レシスは、にっこり笑って言う。
「へぇえ。そうなんだ」
ハイドは、苦笑いしか出来なかった。
レシスは、町の変わり者。愛想はいいけど。向こう見ず。
駆け出したら止まらない。青嵐のような、お転婆娘。
ハイドは、そんな話を知らなかった。
町の門で、ハイドと別れ、薬草が入った袋を片手に、レシスは家路につく。
「ただいま」
レシスは、家の扉を開け、薬草の入った袋を置いた。
「ありがとう、助かったわ。夕食まで、もう少しかかるけれど」
母親シェイラが、レシスを迎えた。
「うん。そのあいだ、この古文書を読んでいるから」
「探しにいくんだね」
台所から、顔を出し母は言った。
レシスは頷いて、自分の部屋へ入った。
「さて、直訳は出来るけれど。細かいところは―」
レシスは、本棚から旧文字の本を取り出し机に向かう。
―『リザイアの宝玉』は、手にした者の希を必ず叶える力がある。
『アースの宝玉』や『ライフの宝玉』などと、同じ系列のものだが、本当に存在し何処に安置されているのかは、不明。諸説伝説があるけれど、余りにも説がありすぎて、識者の中で議論されている。各地にある太古の遺跡に、伝承があるとされるが未だ見つからず。
有力な説として、リカリニア地方の奥地にある、未知の古代遺跡が。
しかし、そこへ辿り着くには、人ならぬ者達の住む深い森がある。
冒険者達は、それを恐れ辿り着いた者はいないとされるが……。
大陸の中央に大地の裂け目がある。その裂け目からつながる大山脈がある。
しかし、万年雪をたたえる命住まぬ山脈。
遥か東方にある、絶海の孤島。
そこに在るとされる説が、強いとされる。
そこに辿り着くには、年に一度しかない潮の止まる時期かしかない。
あるいは―空飛ぶ舟―?
「どれも、伝わる話。だけど、東の果にある孤島は、始めて知った。そこまで、行けば、なにか解るかなぁ。―世界を支える宝玉を全て見たら、『リザイアの宝玉』のある場所が解るかな。私は、どうしても見てみたい。数ある神話や伝説、物語のなかで、語られる理由を知りたいから」
と、窓から見える星空を見つめ、呟いた。
今日は冒険の空の下
青く晴れ渡った空、積乱雲が沸き立っている。
「いい天気だな。暑いけれど」
ルストは、空を見上げた。
「まあ、雨が降るよりマシね。でも、もうすぐ雨の季節になるけど」
「その前に、ガイアナまで行けると、いいのだけど」
と、レシス。
ここは、マウート地方。標高が高い地方。そこから街道を下っていくと、ハバート。
ハバート国は、大陸間を船で結んでいる。
森を抜けたところで、泉をみつけて休憩していた。
二国を結ぶ街道だけあって、整備されている。
「そろそろ行くか? この先は、ハバートまでは宿は無いはず。野宿は嫌だから、陽が落ちる前に着きたい」
言って、ルストは立ち上がる。
「そうだね。ちらほら、魔物もいたし」
レシスは、荷物をまとめた。
整備されている街道。最近、そんな場所にも、魔物が徘徊している。
マウートとハバートの二国が、兵を出し街道の巡回をしているが、行商人や旅人からの目撃談は、増えていた。
二人は、港国ハバートを目指し歩きだした。
森を抜けると、日差しを遮る木々は減り、視野の開けた川沿いの道。
西へと傾いた日差しが、川面に反射している。
下っていく坂道の先に、海が見えてくる。吹く風に、海の匂いが漂う。
港国だけあり、大きな帆船が幾つも停泊しているのが、見えてきた。
二人が、ハバートの港町に着いたのは、日が沈んだ頃だった。
「ガイアナ国まで行く船はー?」
レシスが、停泊している船を見る。
「凄いな。港町って、凄い賑やかだな。ハバートの首都は別の街なのに、な」
と、ルストは、行き交う人々を見て言った。
「交通の中心、大陸を繋ぐ航路だから。―あ、あの船だ」
レシスは、ガイアナ大陸にある、ガイアナ国への港町行の船のもとへ行く。
「俺、海船に乗るのは始めてだ。それに、何日か、ずっと船の中」
ルストは、少し顔をしかめた。
「それなりに、暇は潰せるよ。―ガイアナに行ったら、イディオム様に会わないと」
レシスは、桟橋を歩きながら言う、
「イディオム様なら、世界を支える『宝玉』や『リザイアの宝玉』について、ご存知だと思う。それに、『大地の根珠』を、こっそり見せてもらえるかもしれない」
「それって、『アースの宝玉』とは別物?」
「その話は、船の中で説明するわ」
二
船は三日かけ、ガイアナ国の港へ
「―『アースの宝玉』は、『大地の根珠』から、零れ落ちた『宝玉』。数年に一度、零れ落ち、それを各神殿が安置しているんだ。世界を支えている『宝玉』は、本当は『玉』ではないんだよね。世界の『根珠』と呼ばれているモノがあるんだけど、それが生み出す『玉』のようなカタチをした『力』なんだよね」
レシスは、語った。
「じゃあ、『根珠』っていうのを、見てみたいってこと?」
ルストが問う。
「そう。『宝玉』を生み出し、世界を支えているモノ」
「ふーん。俺には、いまいち解らない。けど、まあ。色々と聞かされて来たから、それなりに興味はあるけど……」
「イディオム様に頼めば、ソレを見せてもらえるかなと」
「それって、普段、見れないんだよな。それが、ガイアナにあるのか?」
「うん。ガイアナ大陸の中央に、安置されている。そこに昔から仕えている、神官くらいしか見れない。―他には、『根珠』に呼ばれた者とか」
「選ばれた者? レシスが?」
「さあ。イディオム様のコネで、見れるかな。と、思って」
レシスは、少し考えて言った。
「そこまでして、見たいのか?」
「まあね。―心の中から、そのような思いが湧いてくるの。すべての宝玉を見たら、その答えが解るかもしれないと」
「ふーん。答え探しの旅になるのか。まあ、俺も旅で剣の腕を挙げれれば、良いかな」
そう言って、ルストは頷いた。
大地の神殿への参道には、様々な露天が出ている。
「賑やかだな」
ルストが言う。
「ああ、そうか。大地の精霊祭の歳かぁ。前に来た時は、私も小さかったし」
レシスは答えた。
大地の神殿は、カラフルな布で飾り付けられていた。
祭壇には、イミテーションの『アースの宝玉』が安置されている。
「さて、イディオム様は―」
レシスは、神職達を見回す。
精霊祭が近いせいもあってか、色々な神職がいる。
階級によって、衣の色が違う。
「いないのか?」
と、ルスト。
「んー。イディオム様は、どちらに」
周囲にいた神職に問うが、知らないと答えるばかり。
しばらく、神殿内を回っていると
「レシスではないか」
呼び止める声がした。
「イディオム様」
声のした方を見ると、回廊の奥から、小柄な老人が歩いてきた。
「どうしたんじゃ? 精霊祭を見にくる感じでもないが?」
レシスは礼をとり、周囲を見回し、他に誰もいないことを確認して
「お久しぶりです。実は、お願いがあって参りました」
と言った。
「お主、本気だったのかい?」
目を細め、イディオムが言う。
「はい」
レシスは、静かに答えた。
「はあ。まあ、この神殿に関しては良いが。私も、詳しいコトは知らんぞ。『宝玉』に触れて、道標を視ることが出来たら、『選ばれた』ということになるが」
深い溜息混じりに、大賢者は答えた。
同じ目的を持つ者
ガイアナを出た船は、カラト国の港へ到着した。
「あー雨だ。いつの間に、雨の季節に入ったんだろう」
港から町へと歩きながら、レシスは言った。
「とりあえず、宿に行こうぜ」
二人は、フードを被り、宿へと急いだ。
「いらっしゃいませ。よろしければ、着替えを用意しますが」
主人は、タオルを渡してくれた。
「いえ、部屋を二つお願いします」
「では、二階で。―食堂は、通路の奥にありますので」
宿の人に案内してもらっている時だった
通路の奥から、子供を抱えた女性が駆けてきた。
「主人さん、お医者様を呼んでください。坊やが―」
「どうかされましたか?」
主人は、抱かれている幼子を覗き込み、額に触れる。
「坊や、すごい熱。何時からですか?」
「ああ、昨日はどうもなかったのですが」
と、狼狽える。
雨が激しく降っている。
「この雨では―」
宿の主人も、狼狽えた。
「レシス。お前の回復魔法で、治せないのか?」
と、ルスト。
「どうかしら。とりあえず、やってみる」
レシスは、そっと幼子に触れた
「あの、お医者さま、ですか?」
「いえ。身体を回復させる、魔法が使えるので」
そのまま、呪文を呟き
「―だめだわ。私の使える魔法では、効果が」
レシスが、考え込む
と、その時。
「私が、代わりましょう」
食堂の通路の奥から、一人の女性が出てきて、声をかけた。
「貴女は?」
その女性に、その場にいた者の視線が集まる。
「―流れの者です」
女性は、幼子に触れる
「ご主人。白湯を一杯、お願いします」
女性は、言う。
「あ、はい」
と、主人は奥へ行く
「貴女の魔法は、傷を癒やすもの。病には、病に応じた魔法がありますが。それは、魔法だけで癒やすわけではありません」
女性は、レシスを見て言った。
主人が戻ってきて、女性に白湯の入った器を渡した
女性は、小さな包を出して、中身を器の中に入れた。それを、幼子に飲ませ
「……母なる源の力……優しき瞬き―久遠の恵みを」
と、女性は呟く
「これは、この形式は、医法術?」
レシスは、女性を見つめる。
「これで、もう大丈夫です。あとは、この包の中を湯に溶かして、飲ませてください。
雨の季節によくある、熱病です」
女性は、薬草の包を母親に渡した。
「あ、ありがとうございます。お代は―」
「お代はいいです。私では、たいした力にはなれませんし」
女性は立ち上がる
「では、お名前だけでも」
その言葉に、女性は溜息
「オフィキナリス」
と、小さな声で言った。
その言葉に、レシスはハッとして、女性を見た
「オフィキナリス。古代の薬神の名前?」
レシスは、呟く
「たいそれた、名前でしょう。そのような名前など―」
彼女は吐き捨てるように、遠い目をした。
「……力が欲しい……。リザイアの宝玉が、あるのなら」
「リザイアの宝玉。オフィキナリスさん、貴女も探しているの?」
「ええ。手にした者の望みを叶えるという。あなた達も、何かを求めるの?」
「別になにも。ただ、伝説が本当ならば、この目で見てみたい」
「―場所を、知っているのですか?」
オフィキナリスが問う。
「伝説や伝承はね。この大陸だと、万年雪を抱く山脈に、あるとか」
と、レシス。
「詳しいですね」
「まあね。でも、そこは人ならぬ者達の住処だとか」
「……人ならぬ者の住処。私、一人では、無理―か」
「まあ、最近は魔物も活発だし。魔族も人里で目撃されていて、物騒だから」
ルストが言った。
オフィキナリスは、レシス達を見つめ
「私も、同行させてくれませんか?」
その言葉に、二人は顔を見合わせる。
「あなた方は、探しているのでしょう? リザイアの宝玉を。私は、攻撃魔法はあまり使えませんし」
オフィキナリスは、語り始めた。
「私は、ルーダという、小さな島国で育ちました」
その言葉を聞いたレシスは、ハッとして
「ルーダといえば、数年前、悪質な流行り病で―」
「そうです。数年前に、暗班病で多くの人が亡くなりました。医術導師だった、私の両親も手をつくした末に、病で―」
オフィキナリスは、答えて瞳を閉じた。
「無力だった。ずっと、もっと出来ることがあったのかと。そんな中で、リザイアの宝玉を知った。伝説が本当であれば、私の無力さをなんとか出来るのかと」
と、溜息。
「薬神オフィキナリス。そんな、たいそれた名前。だから、ナリスでいい。呼ぶなら、ナリスと呼んで」
目尻をなぞって、言った。
オフィキナリスを加え、三人で旅路を歩む事になった。
雨の季節、束の間の青空。
北へ向かう街道。樹の国だけあって、殆どの街道は森の中に造られている。
この国の東には、広大な樹海があり、人が立ち入るのを拒んでいる。その樹海の何処かに、エルフが住んでいると、伝えられていた。
「エルフは、樹海の最深部に暮らすと伝え聞いています」
ナリスが、言った。
「人ならぬ者が暮らすとは、聞いていたけれど。エルフだったの?」
レシスが問う。
「この国では、エルフという説が有名です」
「なあ、エルフって妖精の仲間なのか? 魔族とかとも違うんだろう?」
「エルフは、古い種族だとされていて、高度な魔法を持っている。人間嫌いで、自然を尊ぶ種族だよ。だから、この国の様な自然が豊かで、人間が踏み込めない土地には、そういう伝承があるんだ」
と、レシス。
ルストは、ふーんといった感じで頷く。
「それより、よく晴れましたね」
ナリスは、空を見上げた。
「そうね。殆ど雨だと聞いていたから。でも、かなり蒸し暑い」
レシスは、パタパタと仰ぐ。
「風が吹けば、少しはマシな感じだな」
「風ねぇ。吹きそうにもないなぁ」
「もともと、この国は、風があまり吹き抜けることが、少ないと。地形のせいなのか、樹々が多いためなのか。故に、この土地には風土病が多いのです」
と、ナリス。
街道の先には、山脈が見えてきた。
「あの山脈。あそこまで、行かないといけない」
レシスは、霞んで見える山脈を見つめた。
「かなり、遠いよな。この街道には、馬車とかはないのか?」
ルストが問う。
「以前はありましたが……魔物が多くなってきてからは、廃止になりました」
溜息混じりに、ナリスが答えた。
「なにか、大きなモノが蠢き始めたというのは、本当なのかな」
レシスは、呟いた。
それから、しばらく街道を進む。幸い、魔物に出くわすことはなかった。
街道は上り坂だった。森の中を登っていく感じ。
少し開けた場所に出た。
「だいぶ登ったな。おー、凄いな」
ルストは足を止め、言った。
そこからは、山脈の麓まで広がっている大樹海が見渡せた。
今日は、その場所で野営することにした。
太陽は西へ傾き、樹々に隠れた。
携帯食などを食べながら、火を囲む。
陽が沈むと、湿り気のある冷気が漂い始めた。
「昼間は蒸し暑かったのに」
吐く息が少しだけ、白くなる。
「万年雪の山脈から、夜になると風が吹き下ろしてくる。この辺りは、街の方に比べて標高が高いから。この大陸は、気候が不思議」
と、ナリス。
「ナリスさんは、旅慣れているんだな」
「そんなことはありません。ただ、流離っているだけですよ」
炎を見つめて、ナリスは言った。
そこから樹海へ向かう。
樹海の中の街道は、荒れていた。この辺りは、ナリスも詳しくはなく、魔物や魔族の影響か、樹海を迂回する街道が造られているからかと、話した。
昼間の蒸し暑さと、夜の湿気を帯びた冷気。
そして、降り続く雨が体力を消耗させる。
「思ったより、過酷」
レシスが言った。
野営の炎は、魔法の炎なので雨などでは消えない。
樹海の闇の中で、虫や獣の気配や声がする。
「なにかいます」
ナリスが、樹海の闇の奥を見つめた。
闇の奥に、小さく光モノが動いていた。
「魔物?」
ルストが、剣に手をかける。
「―誰?」
レシスが、ルストを制し、その小さな光に呼びかけた。
「妖精?」
光が、レシスの声に反応して、集まって来る。
「―珍しいわ。私達を視ることのできる人間が、いるなんて。でも、妖精では無いよ。私達は、この樹海の聖霊」
「聖霊……」
レシスが、じっと光を見つめる。
光を纏った、掌ほどの人形。その背には、蝶のような羽。
「俺には、光にしかみえないけど」
「私は、なんとなく」
光―聖霊達は、レシスの周りを舞う。
「ねぇ、この人。あの人に似ていない?」
光の一つが言う。
「そうだ。シェイラと、似ているんだ」
「うん。シェイラと似ているんだ、気配とかも」
囁き合う声が、レシスに聞こえる。
「シェイラは、私の母様だけど。どうして?」
レシスは、聖霊の一人に問う。
「貴女、シェイラの娘なの。知っているわ」
「シェイラは、私達の恩人。昔、この辺りに巣食っていた魔物を、退治してくれたんだ」
聖霊の答えに、レシスとルストは驚く。
「母様。そんな話は……。でも、魔導剣士として諸国を巡っていたって―」
そんな会話をしていた時だった。
ザワッと空気が動き、聖霊達が怯え始める。
「やばいよ、あいつがくる」
聖霊の一人が言った。
ルストが剣を抜く。レシスは、気配を探る。
「あいつって?」
「人ならぬ者の仲間。魔族と魔物の混血―ゔラトッド。動物の血肉に飽きたら、私達のような、聖霊や妖精すら食べにくるんだ」
言って、レシス達の後方にある樹々の間に、逃げ込んだ。
「ナリスさん、気をつけて」
レシスが言った時だった。
「―聖霊どもを追いかけていたら、もっと食いがいのある獲物か」
茂みを踏み潰し、姿を現したのは、猿に似た魔物。
ルストが、剣を構える
「最近は、冒険者だけでなく、商人共も減った。食いがいのある人間は、久しぶりだ」
よだれを滴り落としながら、ヴドットは言った。
「はあ」
レシスが溜息を吐いた。
「なんだぁ?」
レシスの態度が気に入らなかったのか、ヴドットはレシスを見た。
「面倒だけど、片付けないと」
「おい、レシス。大丈夫なのか?」
ルストの前に立つ、レシス。
「小娘が何を言うんだ」
レシスは、囁くような小さな声で呪文を詠唱する。
その呪文を聞いた、ヴドットは
「お前、神官かぁ」
身を仰け反らす。
「さあ? ―ここに光の制裁を」
レシスは不敵な笑みを浮かべて、魔法を放った。
樹海の闇に、眩い光が弾けた。
その光の中で、ヴドッドの絶叫が響いた。
「レシスさん、貴女」
ナリスが驚く。
「賢者見習いレベルじゃあないだろ? レシス。本当は」
と、ルスト。
「一応、賢者の資格はある。冒険者としては、魔導剣士」
一息つき、レシスは言った。
「す凄い、さすが、シェイラの娘ね。ちょっと短気なところや、気に入らないものに対しての、手加減知らずは、よく似ているわ」
聖霊の一人が言った。
「そうなの? 母様、あまり昔の事は話さないから」
「ねえ。あなた達は、リザイアの宝玉を探しているの?」
別の聖霊が言った。
「うん。伝承では、あの万年雪の山脈にあるとか」
「だったら、この子を一緒に連れってて、あげてよ」
聖霊同士で何かを話し、一人の聖霊が、レシスの前に出た
「私は、プラティ。どうしても、伝説の宝玉を見てみたいの」
嬉しそうに、話した。
「聖霊でも、そういうモノに興味があるのですね」
ナリスが言った。
「貴女も姿が見えるの?」
「今までは、光と気配だけだったけど。それに集中していたらね」
「俺は、光る蝶にしか」
ルスト、じぃーと目を凝らした。
「―そのうち、視えるようになるかもね」
レシスは、笑って言った。
それから、樹海の中の街道を進み、山脈の麓にある村を目指した。




