第480話 植物園④ ~プレゼントとホワイトクリスマス~
二人は巨大なクリスマスツリーの正面で足を止めた。
赤や金のオーナメント、透明のガラス玉、大小さまざまな星型ライトが枝々に飾られ、まるで夜空そのものが降りてきたかのように輝いている。
下から見上げると、枝は天高く伸び、光の玉が幾重にも重なり、視界いっぱいに光の森が広がっていた。
「わあ……!」
桜彩は思わず息を呑む。
肩を少しすくめながらも、目は輝きを逃すまいとツリーの頂点まで見上げる。
「凄いな……、こうやって下から見ると本当に大きい」
怜も同じように目を細めてツリーを見上げ、桜彩と共に肩を寄せ合う。
ツリーを彩る無数の光が、まるで星の海の中に二人だけでいるような錯覚を与える。
「凄いね、あのオーナメント」
「たくさん種類があるよな」
桜彩は小さな手でイルミネーションを指さしながら話す。
「こっちの赤いガラス玉も綺麗……。これ本当に写真みたいだね」
怜はその言葉に笑いながら、肩越しに桜彩の笑顔を見つめる。
「こんな凄いクリスマスツリー、始めて見た……」
「俺も……」
二人でゆっくりとツリーの周りを歩き、枝にぶら下がったオーナメントや光の玉を間近で覗き込む。
「ねえ、怜。上の方、見て……あの星、すごく明るいね」
「そうだな。凄く目立つ」
桜彩は両手を胸の前で合わせ、少し背伸びをしながらツリーの頂点を見上げている。
怜はふと小さく笑みを浮かべた。
「桜彩、ちょっと動かないで」
「え? なに?」
戸惑う桜彩に答えず、怜はそっと背後へ回る。
そして、バッグから長いマフラーを取り出した。
「どうかしたの……?」
背中越しに桜彩が問いかけてくる。
怜はその肩越しに、静かにマフラーを首元へとかけた。
「え……?」
「まだ動かないで」
マフラーを巻いていくと、桜彩の肩が小さく震える。
髪をそっと避けながら、丁寧にマフラーを桜彩へと巻き終える。
「えっ…………? 怜、これ……」
「メリークリスマス。桜彩へのプレゼント」
桜彩は驚いたように振り返り、怜の顔を見上げた。
至近距離で目が合い、光の反射で瞳が揺れる。
「これ、もしかして……、怜の手編み?」
「ああ。桜彩にバレないように少しずつな」
少し照れくさそうに答える怜。
自室では桜彩とほぼ一緒にいることもあり、その目を盗んで完成させるのは至難の業だった。
家庭科部でマフラーの手編みの講師をしている時に集中して進め、部員や参加者の皆にも口止めしておいた(桜彩や陸翔、蕾華は家庭科部でのマフラー作り参加していない)。
桜彩はマフラーの端を指でなぞり、愛しそうに頬を寄せる。
「……温かい。怜の手のぬくもり、ちゃんと残ってる」
「気に入ってくれて良かった」
「気に入るに決まってるって……。それにこれ、猫ちゃんだよね?」
マフラーの片端には猫の頭と前足、逆側には尻尾と後ろ脚が形作られている猫マフラー。
猫好きの桜彩なら気に入ってくれると思った工夫だが、大正解だったようで怜の顔もほころぶ。
「素敵……。このマフラー、絶対に大事にするよ」
「うん。ありがとな」
「ふふっ。お礼を言うのはこっちだって。……それにしても、このマフラー、結構長いね」
桜彩がくすりと笑いながら、マフラーの端、猫の尻尾を軽く引っ張る。
「少し長めにしてみたんだ。二重に巻いても余裕あるくらいのほうが、寒くないだろ」
「ふふっ、優しいね。でも……だったら、こうしたほうがもっと温かいかも」
そう言って桜彩はくるりと身体を回し、怜の正面へと立つ。
その手には、マフラーの片端の尻尾側。
「怜、ちょっとしゃがんで」
「え? しゃがむ?」
「うん、いいから」
言われるままに怜が少し腰を落とすと、桜彩は微笑んだまま、首に巻かれたマフラーを一巻解く。
そして、そっとマフラーの端を怜の首元へ回とす。
毛糸が頬をかすめ、温かさが伝わった。
桜彩の手が動くたびに、指先が怜の喉元や頬にふれて、少しだけ鼓動が速くなる。
「……よしっ、これで一緒だね」
柔らかな毛糸が二人の間を結び、距離が一気に縮まる。
巻き終えた桜彩が顔を上げたとき、二人の距離はわずか十数センチ。
その吐息がかすかに頬を撫で、マフラーの温もりと混ざって心臓が高鳴る。
「桜彩……それだと、ちょっと近いかも」
「いいじゃん、せっかくのクリスマスだし」
桜彩はそう言いながら笑い、怜の胸のあたりに額を軽く寄せる。
その瞬間、背後のツリーが一段と明るく輝いた。
金と赤の光が髪を照らし、桜彩の瞳の中で無数の光の粒が跳ねる。
周囲には写真を撮るカップルや家族連れの姿。
賑わいの中で笑い声やカメラのシャッター音が響いているのに、怜と桜彩の間だけが静かに時を止めていた。
そして――ひとひら、白い雪が舞い降りた。
桜彩が小さく息をのむ。
イルミネーションの光が雪片を照らし、まるで無数の星が降ってくるように、夜空が輝いていた。
「……雪、だ」
桜彩の肩や髪に白が舞い降りる。
怜は思わず笑みをこぼした。
「本当に、ホワイトクリスマスになったな」
「ね……。まるで映画みたい」
桜彩は怜の肩に軽く身を寄せ、二人を繋ぐマフラーを握る。
広場の向こうでは、小さな子供達が歓声を上げ、恋人達が手を取り合いながら雪空を見上げている。
クリスマスツリーの頂点に輝く星が、二人の頬を淡く照らす。
「ねえ、怜。写真、撮ろ?」
「写真?」
「うん。せっかくだから、このツリーと一緒に」
「もちろん。一緒に撮ろう」
桜彩がスマホを取り出し、画面をインカメラへと切り替える。
そしてマフラーの端を軽く引いて怜を自分の方へと寄せる。
ツリーを背に二人で肩を並べると、光の粒が頬を照らした。
「もう少し寄って」
「これ以上?」
「うん。ほら……ちゃんと映るように」
笑いながら更に寄り添い、マフラーが二人を優しく結ぶ。
桜彩がそっとシャッターボタンを押すと、画面の中には赤いマフラーと光のツリー、そして微笑む二人が映し出されていた。
カシャッ。
画面に映るのは、一本のマフラーで結ばれた二人と、その背後に輝くツリー。
光の粒と白い雪が二人の間に降り注ぐように映り込み、まるでその瞬間だけ世界が静止したかのように美しかった。
「……いい写真、撮れたね」
「ああ。今日の思い出、ちゃんと残った」
桜彩がスマホを見つめながら微笑む。
怜もその横顔を見つめ、そっと手を重ねた。
マフラーの毛糸が二人の手の間で触れ合い、優しく揺れる。
寒空の下でも、二人の間にはもう冷たいものなど何もなかった。
広場のざわめきも、雪の冷たさも、風の音も、ツリーの輝きさえも――
今はただ、共有した一つのマフラーの温もりが全てだった。




