第479話 植物園③ ~植物の回廊と広場~
温室を出ると夜の空気が頬を撫でた。
外の冷たさに思わず肩をすくめる桜彩の手を、怜は自然と握り直す。
二人の先には光に包まれた回廊がまるで別世界のように伸びていた。
緑の蔦やアイビーのアーチから始まる植物の回廊。
細い枝に沿って無数の小さな電飾が編み込まれ、暖かな白い光が葉を照らしている。
時おり風が通ると葉影がゆらりと揺れ、そのたびに光の模様が地面を流れていった。
道の両脇には背の低い観葉植物やシダが並び、控えめな灯りが植え込みを照らしている。
足音が静かに響き、二人の吐く息が白く淡く光に溶けた。
「うわぁ……! 凄いね、これ」
桜彩は思わず息を弾ませ、見上げたまま小さく笑った。
頭上のツタが星空のようにに輝き、光のトンネルを形作っている。
「本当だな。まさに植物園ってとこかな?」
「ねえ、あっちの方、光が少し強いよ。あそこに何かあるのかな?」
「行ってみるか」
怜が頷くと、二人は自然と歩幅を合わせてゆっくりと歩き出す。
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歩くたびにさらさらと小さな音が夜の空気に溶け込み、遠くで流れるクリスマスソングのメロディに混じっていく。
左右の低い植え込みには冬の常緑樹が並び、その葉の間に小さな星型のオーナメントが吊るされている。
風で揺れるたびに、オーナメントが互いにぶつかり合い、金属音のような微かな響きを立てる。
それを聞きながら、桜彩はふと小さく息をついた。
回廊に飾り付けられたランプに手を触れ、嬉しそうに怜へと顔を向ける。
「ねえ、怜。ここ、思った以上に凄いよね」
「ああ。歩いているだけで、なんだか別世界に来たみたいに感じる」
「別世界……、うん、ちょっと、映画の中にいる気分」
「映画の中、か。確かに物語の中に入ってる気分だな」
「えへへ、なんだかロマンチックだよね」
桜彩は笑いながら、怜の腕に自然と手を絡める。
怜も軽く笑い返し、そっと手を握り返す。
その指先から伝わる温もりに、冷えた空気の中でも心がじんわり温かくなる。
回廊の途中には小さな展示用のコーナーや、植物のミニチュアが置いてあるコーナーもあり、立ち止まって覗き込む。
小さな苔庭や葉の色のグラデーション、赤や黄色の小さな実の色合いに目を輝かせる桜彩に、怜も思わず微笑みを返す。
「こっちの小道も見て。ランタンが等間隔に置かれてて、光が地面を柔らかく照らしてる」
「本当だ……。歩くたびに影が少しずつ揺れる感じも綺麗だな」
「こういう感じの所を歩くことって普段はないしね」
桜彩は手を離さずにライトに反射する微かな影を楽しむように歩き、怜も横で桜彩に寄り添う。
足音やライトの微かな振動、二人の吐息が回廊の静けさに柔らかく混ざり、時間が少しだけゆっくりと流れているようだった。
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アーチをくぐるたびに、光の色や配置が少しずつ変わる。
暖色系の光から白や淡い青の光に変わり、視覚からも気分が変わる。
「こうやって一緒に歩くと、時間を忘れちゃうね」
「同感。歩いてるだけなのに、本当に楽しい」
「ふふっ。私も怜といると、なんでも楽しくなるよ」
「俺もだよ。桜彩と一緒にいるだけで、なんだか幸せな気持ちになる」
桜彩は少し恥ずかしそうに笑い、肩を怜に寄せてくる。
怜もその背中をそっと抱き、二人の間に流れる空気が更に柔らかくなるのを感じた。
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回廊の途中で小さなベンチが置かれた場所に差し掛かる。
二人は自然に座り、ライトに照らされた回廊を眺める。
遠くのアーチを抜ける光、オーナメントの煌めき、微かに聞こえる足音や風の音が、温かくも静かな空間を作り出している。
「ずっとこうして眺めていたいな……」
「ふふっ。でも、歩かないと見られない景色もあるよ」
「まあな。名残惜しいけどそろそろ行くか」
「ふふ、そうだね」
手を繋いだまま、回廊の先に続く光の道をゆっくり見つめて歩き出す。
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回廊を抜けると視界がぱっと開け、広場が広がっっていた。
中央には大きなクリスマスツリーがそびえ立ち、色とりどりのライトが枝々を照らしてキラキラと輝いている。
赤や金、緑のオーナメントが無数に吊るされ、光の粒がゆらゆらと揺れて、まるで宝石のように煌めいていた。
光が重なり合って温かい光の層を作り、枝の隙間から漏れる灯りは柔らかく地面に映っている。
ライトの光が広場全体を包み込み、夜の訪れを告げると同時に、明るい昼間とは違った温かさを演出している。
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広場には多くの人々がいた。
小さな子供を抱えた家族、怜達のように手を繋いで歩くカップル、友達同士で笑い合うグループ。
出店の前には行列ができ、ホットチョコや焼きリンゴ、焼き栗の甘い香りが風に乗って漂う。
子供達ははしゃぎながら列を抜けたり、親に手を引かれながら屋台の前で足を止めたりしている。
怜と桜彩も、人々の笑顔や声に自然と微笑みが浮かぶ。
「わぁ……、凄いね、怜」
ツリーに吊るされたオーナメントを見上げ、思わず息を漏らす桜彩。
組まれた腕にぎゅっと力が込められるのが分かる。
「本当だな……。近くで見ると、思ってた以上に迫力ある」
二人の影がライトに照らされ、足元に淡い光の波紋を作る。
そのまま周囲を眺めながら広場を歩く二人は、広場の端にある出店の列に近づいた。
ホットチョコの屋台からは、香ばしいチョコレートの香りと湯気が立ち上る。
焼きリンゴの甘い匂いも混ざり、寒い外気を忘れさせる温かさを感じさせる。
「ねえ、怜?」
何かを期待するような上目遣いをしてくる桜彩。
その期待するところは怜にも分かる。
「そうだな。この後食事があるけど、少しだけなら良いか」
「えへへっ」
二人分のホットチョコを注文して、二人でベンチに座って乾杯。
桜彩はカップを両手で包み込み、怜もカップから立ち昇る湯気を吸い込むようにして香りを楽しむ。
「寒い外でもこれを飲むと体も心も温まるね」
「うん……。甘くて、ほっとする」
桜彩はふと怜を見上げ、笑いを含んだ声で話しかける。
「ねぇ怜、あのツリーの飾り、よく見て。小さい星がいくつも重なってるみたい」
「本当だ……それぞれ光の強さも違うし、見てて飽きないな」
怜も思わず微笑む。
ホットチョコを飲み終えた二人は、肩を軽く寄せながらツリーの周りをゆっくりと歩く。
広場のあちこちでは、家族が写真を撮ったり、子供達がはしゃいだり、カップルが笑いながらツリーを囲んでいる。
出店の前では、焼き栗やホットチョコを手にした人々が行列に並び、小さな声で注文を伝えている。
なんだか小さなお祭りのような雰囲気だ。
「ねぇ、怜。こっちの出店見て。ホットチョコだけじゃなくて、焼きマシュマロとかもあるよ」
「うわ、本当だ……これ食べたら、すごく甘くて幸せな気分になりそうだな」
二人は少し並んで、小さな笑いを交わしながら甘い香りの中を歩く。
桜彩はふと立ち止まり、怜の腕に軽く手を置く。
「人が多いけど、こういう賑やかなのも悪くないかな」
「うん……。周りのみんなが楽しそうで、見ているだけで心が温かくなる」
「そうだな」
怜は小さく頷き、桜彩の肩に腕を回した。
私用により次回投稿は木曜日を予定しています




