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【最終章:アフターストーリー(社会人編)】隣に越してきたクールさんの世話を焼いたら、実は甘えたがりな彼女との甘々な半同棲生活が始まった  作者: バランスやじろべー
第十章前編 アフターストーリー(冬:クリスマス)

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第474話 リュミエールでの休憩時間

「怜、そろそろ休憩時間だぞ」


「え? ホントだ」


 光の声に、怜はイチゴをカットしていた手を止め時計を見る。

 もうあらかじめ打ち合せしていた休憩時間になろうかというところ。

 作業に集中していた為に、時間の流れに鈍感になっていた。

 ちょうど別のスタッフが休憩から戻って来たので、作業の手を止めて入れ替わる。


「怜君。交代するよ」


「はい。休憩入りますね」


 焼きあがったばかりの生地を渡して一段落。


「あ、そうだ。ポトフ美味しかったよ」


「そうですか。それなら良かったです」


 出勤直後に怜が大鍋で作ったポトフ。

 クリスマスイブということで、温かく栄養のある食事で昼食を、という望の配慮で実現した福利厚生だ。

 とはいえもちろんケーキ作りの方に人手が必要ではある為に、自宅で作る物と比べて短時間で作った時短仕様となっているのだが、美味しいと思ってくれたのなら何よりだ。


「桜彩、休憩入ろう」


「あ、怜。うん、分かった」


 桜彩に声をかけて二人で休憩に入ることにする。

 チラリと机の上を見ると、そこにはかなりの数の完成済みチョコレートプレートが乗っていた。


「頑張ってるな。さすが」


「えへへ、ありがとね」


 怜が褒めると桜彩が嬉しそうに微笑む。

 先ほどまでの真剣な表情が嘘のようだ。

 思わず頭を撫でてあげたくなるが、ここは厨房の一角。

 そうしたい気持ちをぐっとこらえ、我慢する。


「それじゃあ休憩入りますね」


「失礼します」


 桜彩と共に頭を下げて休憩スペースへと入る。


「桜彩」


「え?」


 扉を閉めると桜彩の頭の上のトック(パティシエ帽)を取って、頭を撫でる。


「頑張ったな」


「えへへ~」


 へにゃあ、といった感じに桜彩の表情が崩れる。

 まるで猫のようで怜も撫でがいがある。


「じゃあご飯にするか」


「うん。そうだね」


 怜が頭から手を離すと、名残惜しそうにしながらも桜彩がテーブルへと移動する。

 その上には朝に怜が短時間で仕込んだポトフの大鍋が、IHヒーターの上で冷めることなく待ち構えている。

 鍋から立ち昇る湯気が鼻に届くと、ついお腹が鳴りそうになる。

 にんじんやじゃがいも、キャベツの甘く優しい香りに、ほんのりとソーセージの香ばしい香りが混ざり合い、思わず鼻の奥がくすぐられる。


「それじゃあこっち用意するぞ」


「うん。私はサンドイッチ持って来るね」


 従業員用の冷蔵庫から、朝、アパートで作ったサンドイッチを取り出す桜彩。

 怜は湯気がゆっくりと立ち昇る鍋の中を確認する。

 朝の短時間調理で作ったとは思えないほど、野菜はふっくらと柔らかく、それぞれの色も鮮やかに残っている。

 ソーセージはふっくらと膨らみ、ほんのりとした焼き目が香ばしい。

 他にもブロッコリーや玉ねぎなど、たくさんの具材が入った栄養たっぷりのポトフだ。

 慎重に使い捨てのスープカップに二人分を注ぐ。

 火が入りやすいように小さく切られた色とりどりの具材がカップの中で、食べられるのを今か今かと待ち構えているようだ。


「わ……あったかそう」


 サンドイッチを用意した桜彩が、怜の肩越しに覗き込んでくる。

 カップを渡すと桜彩は指先でカップを包み、湯気でほんのり赤く染まった頬を温めるように顔を近づける。

 怜も同じようにカップを手に取り、湯気の立ち昇るスープの香りを深く吸い込む。


「まあ、時短で作ったやつだけどな」


「でもきっと美味しいよ」


 怜は少し自信なさげに言うが、桜彩の目は期待と嬉しさで輝いている。

 二人でカップを両手で包み、ゆっくり口元へ運ぶ。

 ふーっ、と息で冷ましながら口に入れると、具材の味が染みた温かなスープの味が口いっぱいに広がる。


「うん。美味しい」


「でしょ? 怜の作る物は何だって美味しいんだから」


 嬉しそうに微笑む桜彩に、怜の表情も緩んでいく。

 そしてプラスチックのスプーンで具材を掬って口へと運ぶ。

 まずにんじんのほくほくとした甘みが広がる。

 噛むとほどよく柔らかく、口の中でほろりと崩れる。

 じゃがいもはふんわりとしていて、舌の上で溶けるようにほぐれ、スープの旨味がしみ込んでいる。

 ソーセージの塩気と香ばしさが全体の味を引き締め、スープ全体は優しいコクがあり、短時間で作ったとは思えないほどに美味しい。

 一口飲むごとに体の奥からじんわりと温かさが広がっていく。


「温まるなあ」


「うん。冷えた体にじんわり染みるよ」


 次に家で作ってきたサンドイッチを取り出す。

 薄くスライスされたベーコンは塩気と旨味が絶妙で、噛むと口の中でほろりと柔らかく崩れる。

 チーズは程よいコクを持ち、口の中で溶けながらハムの旨味と絡む。

 シャキシャキのレタスが瑞々しく、きゅうりの歯ごたえと共に爽やかさを添えている。

 トマトの甘酸っぱさがアクセントになり、ポトフと合わせて一口ごとに味わいのバリエーションが広がる。


「うん。こっちも美味しい」


「うん。幸せ~」


 噛むと中の具材が混ざり合い、香りと味が口いっぱいに広がる。

 ポトフのスープを一口すすると、野菜の甘みとスープのコクがパンや具材の味をより引き立て、口の中がより幸せを感じる。


「ポトフとも合うよな」


「うん。スープと一緒に食べると、なんだか特別な味がするね」


「ああ。心まで温かくなる」


 二人で顔を見合わせて笑みを交わす。

 桜彩の頬は湯気と温かさで赤く染まり、目も細く笑っている。

 柔らかなパンの感触、野菜やハムの甘みと塩気のバランス、チーズのコク、トマトのほのかな酸味、どれも一口一口が小さな幸福で満たされている。


「今日は一日忙しいけど、こういう時間、好きだな」


「私も……。怜と一緒だと、ずっとここにいたくなる」


 桜彩は口元を柔らかくほころばせ、カップの湯気をゆっくりと吐き出す。

 その仕草に、怜の胸はきゅんと締め付けられる。

 恥ずかしさを隠すように、サンドイッチを半分に割り、桜彩へ差し出す。


「はい、こっちも食べて。あーん」


「ありがと。あーん」


 いつも通りの食べさせ合い。


「パンがふわふわで美味しいね」


「家で作ってきた甲斐があったな」


 桜彩は少し恥ずかしそうに笑い、頬を赤く染める。

 その笑顔を見た怜は、思わず頬が緩む。


「怜もあーん」


「あーん」


 桜彩がスプーンでじゃがもを差し出してくれると、怜もそれをぱくりと食べる。


「ねぇ、怜」


「ん?」


「世間はクリスマスイブだけどさ、こうやって過ごすイブってのも良い物だよね」


「ああ。こうやって桜彩と過ごせるだけで、凄く嬉しい」


「うん。私も怜と過ごせるだけで嬉しいよ」


 そう言ってどちらからともなく唇を近づけて優しいキス。


「ちゅ……」


「ん……」


 キスを終えると二人は自然に顔を離して見つめ合う。

 互いの呼吸が少し乱れていることに気づく。

 桜彩の頬はまだ赤く、怜も思わず胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。

 桜彩が少し体を寄せてくる。

 怜も自然に肩を引き寄せ、二人の距離はますます近くなる。

 柔らかい髪の香りが鼻をくすぐり、心臓が少し高鳴った。

 食事を終え、二人で肩を合わせて微笑み合う。

 空いた手を握り合う。

 指先が触れるたびに、互いの体温が指先を通して伝わってくる。

 桜彩が小さく笑い、怜の胸に顔を埋める。


「怜……なんだか、ずっとこうしていたい」


「俺も……」


 囁き合いながら、二人は肩を抱き合ったまま、残りの休憩時間を穏やかに、静かに、そして甘く過ごしていた――その時だった。

 廊下の方から、かすかな足音が聞こえてくる。

 加えて男女の会話も。

 どうやら陸翔と蕾華も休憩時間になったらしい。


「あ、二人かも」


 桜彩が小さく呟き、怜と顔を見合わせる。

 二人とも自然と距離を少し開け、肩の寄せ合いをやめて軽く背筋を伸ばす。

 ドアが開くと、陸翔と蕾華が楽しげな顔で入って来た。


「あ、いたいた!」


「お邪魔しまーす!」


 しかし瞬間、陸翔はにやりと笑い、蕾華もくすくすと笑いをこらえる。


「ちょっと、良い雰囲気じゃん!」


「おいおい、絶対にいちゃついてただろ」


 桜彩は顔を更に赤く染め、怜も思わず手を握り直す。


「そ、そんなことないよ……」


 自然にしようという不自然な感じ。

 この親友二人に隠すのは無理だった。

 二人のからかいに、桜彩は両手で顔を覆い、怜も軽く頭を掻きながら苦笑する。

 そんなほんの少しのからかいも、四人で過ごすクリスマスイブの空気の中では楽しい一瞬に変わる。

 怜と桜彩は互いに視線を落とし、頬を赤く染めながらも小さな笑みを交わし合った。

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