【番外編、及びカレンダー】第471話 大人の女子会②
【番外編】
週末の夜、駅前の居酒屋。
入り口の暖簾をくぐった瞬間、望は店内の奥から漏れ出てくる怒りのオーラを即座に感じた。
店員に待ち合わせだと言って、奥へと向かう。
望が席に着くや、その相手はテーブルに突っ伏していた顔を上げる。
その目は予想通りに怒りに燃えていた。
ダンッ
空になったジョッキを乱暴にテーブルへと置く瑠華。
「……いったいどうしたの」
どうしてこうなったかはある程度想像ができるが、念の為に確認する。
もし別の理由だった場合、更に瑠華の怒りが溜まるだろう。
だが幸か不幸か、瑠華の怒りの原因は望の予想した通りだった。
「れーくんめ!! なんで!! よりによって!! あたしより先に恋人作ってるのよッ!!?」
「…………」
やっぱりか、と言った感じで溜息を吐く望。
昼過ぎに『今日の夜暇!? 暇だよね!? 付き合って!!!』というメッセージが、怒りを表す大量のスタンプと共に送信されてきた時点で恐らくそうだとは思ったのだが。
(怜君、ついにバレちゃったのね……)
いずれバレるだろうとは思っていたが、夏休みが終わってまだ初日だ。
思った以上に早すぎる。
「えーっと……、まず飲み物決めよっか。瑠華、ほら、深呼吸して……」
「ビール! とにかくビール! アルコールを寄越しなさい!! じゃないとこの怒りがおさまらない!!」
(明日が土曜日で良かった……)
間違いなく今夜、瑠華は度を超えた量を飲むだろう。
ジョッキが到着すると、瑠華は怒りで震える手でジョッキを受け取り、そのまま半分ほど一気に飲み干した。
そして息継ぎもそこそこに、再び怒りで声を荒げる。
「あんなに! あたしより先に恋人を作るなって言ったのに! 人の目の届かない夏休みでこそこそと! どういう神経してるのあの弟分は!!」
「いや……、怜君が彼女作るのも自由だし、あなたに報告しないのも自由でしょうが……」
むしろ報告するとこのようなことになるから黙っていたのだろうが。
「そんな自由認めない! なんであたしを差し置いて青春してるのよ!!」
ジョッキに残った半分も一気に流し込まれる。
だが、その程度で瑠華の怒りは収まらない。
むしろアルコールが起爆剤となって、より熱弁していく。
「だっておかしいじゃない!! あたしはれーくんのお姉ちゃんみたいなもんなのよ!? どうしてあたしより先に幸せになってるの!? 弟が姉より先とか納得できるわけないじゃん!!」
「いや、怜君に彼女できるのなんておかしくないでしょ。むしろ今までいなかった方が不思議だし」
普段のアルバイトの姿を見ても、怜が好青年なのは見て分かる。
顔も整っているし体格も良いし、加えて料理もできるし成績も優秀だと聞いている。
少しばかり意地悪な所もあるが、それを含めても内面も外面も良い人間だ。
「相手だって桜彩ちゃんでしょ? お似合いじゃない」
「それが許せないのよ!!」
焼き鳥を噛みちぎりながら、店員におかわりを注文する瑠華。
「なんで、なんであたしより先に……」
「だからなんでもなにも、怜君に彼女がいない方がおかしいって言ってるじゃない……」
「おかしくない!! あたしに恋人がいないんだから、お姉ちゃんを敬って、空気読むべきでしょう!? 大切なお姉ちゃんより先に恋人を作るのなんてもっての他、って思うのが義務!!」
「そんな義務ないでしょ……」
「あるのよ!! 心の義務!!」
「…………」
望は苦笑いしながらカシスミルクへと手を伸ばす。
望としても瑠華と同じで今まで恋人がいたことはないし、恋人が欲しいとも思っている。
とはいえ、危機感こそ多少はあれど、幸せな人間を妬んだり恨んだり(逆恨みにすらなっていないが)することはない。
怜と桜彩が付き合ったと知った時も、素直に祝福し、存分にからかった。
「ってかさ、望!」
新たなビールに口を付けたところで、瑠華が望を指差し睨む。
「れーくんと渡良瀬さんが付き合ってたって聞いて、全然驚いてないじゃない! まさか知ってたの!?」
「……知ってたわよ。ていうか、付き合う前から恋人みたいな関係だったし、むしろやっと付き合ったのかってね」
「やっぱりーっ! ってことは何!? この前に飲んだ時点で既に知ってたってこと!?」
「そうよ。でも瑠華に言ったら、絶対こうなると思ったし……」
「こうってどうよ!!」
「こう」
正に今、目の前で醜態を晒している瑠華を指差す。
「うううううううーっ!!」
ちょうどそのタイミングで、おかわりのビールが到着した。
瑠華は受け取るなり、ため息とともにジョッキの取っ手を握りしめる。
「うぅぅ……! れーくんのくせに、弟分のくせに……! あの愚妹と一緒であたしより先にぃっ……!」
「だから良いじゃないの別に」
「良くない! くそっ! れーくんなんてクリスマスにお腹痛くなっちゃえばいいのよっ!」
「いや、怜君を呪わないでね。リュミエールの貴重な戦力なんだから……」
まあ、ある意味腹痛程度にしか呪わないのは、なんだかんだ言って仲が良い証拠なのだろうか。
「クリスマス爆発しろぉぉぉ……!!!」
「いや、だからウチの一番の掻き入れ時になんて事言うのよ」
洋菓子店において年で一番大切なクリスマスを呪わないで欲しい。
「そうだ! 望、クリスマスイブとクリスマスの二日間、れーくんをリュミエールで拘束して! 馬車馬のように働かせて! 決してクリスマスデートなんでできないようにしてね!」
「…………」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一時間後――
望はもう何杯目かも分からなくなったビールを掲げて騒ぐ瑠華を、半ば呆れて眺めながら烏龍茶を飲む。
怒りに嫉妬に絶望に、この短時間で瑠華はありとあらゆる感情を行ったり来たりしている。
すると瑠華はいきなり顔を起こし、ずいっと顔を近づけて来た。
「ちょっと瑠華?」
「望! 望はあたしを裏切らないよね!? あたし達はずっと一緒だよね!? 年齢イコール彼女いない歴同盟を破らないよね!?」
「…………そうね」
正直それはどうかとも思ったのだが、とりあえず適当にお茶を濁しておく。
(……正直、私はちょっと気になってる人いるって言うか…………)
夏前にリュミエールへと移籍してきた晴臣のことを頭に思い浮かべる。
つい先日も夕ご飯に誘われて、そこで良い感じの雰囲気となったのだ。
正直、かなり良い人だと思うし、兄である光が信頼していることからも人柄も信用できる。
「裏切者には地獄を! れーくんに制裁を!」
そう叫びながらジョッキをあおる瑠華を眺めながら、望は何度目か分からない溜息を吐いた。
週末の夜はまだまだ長い。
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